この記事の要点
- 乳がんのステージ0(非浸潤がん)は、がん細胞が乳管の中にとどまり、周囲に広がっていない状態です。手術で取り切れば再発は少なく、乳がんが原因で命を落とすことはきわめてまれです
- それでも治療の中心は手術です。温存か全摘かは「ステージ」ではなく「がんの広がり」で決まるため、ステージ0でも全摘になることがあります
- 温存した場合は、放射線治療で乳房内の再発をおよそ半分に減らせます。ホルモン受容体陽性ならホルモン療法を検討しますが、抗がん剤は使いません
- 手術をせずに見守る「経過観察」は臨床試験の段階で、標準治療ではありません
「ステージ0」は、乳がんのなかで唯一、がん細胞が乳管の外に出ていない段階です。がんがまだ転移する力を持っていないため、治療成績はきわめて良好です。しかしながら早期乳がんというイメージとは異なり、手術で切除しなければならない範囲が、ステージ1や2の浸潤がんより大きくなることさえあります。
「早期でよかった」と言われたのに、全摘を勧められた。放射線もホルモン療法も必要だと言われた。ステージ0と告げられた方が戸惑うのは、この食い違いがあるからです。
この記事では、ステージ0がほかのステージとどう違うのか、なぜ全摘になることがあるのか、温存と全摘で再発率はどう違うのか、放射線・ホルモン療法・抗がん剤はそれぞれ必要なのか、そして「手術をしない」という選択はあるのかを、乳腺外科医の立場から順に解説します。
ステージ0(非浸潤性乳管がん・DCIS)は、ほかのステージと何が違うのか
乳がんのステージは、しこりの大きさ、リンパ節への転移、遠くの臓器への転移の3つで決まりますが、ステージ0だけは、この3つのどれにも当てはまらない特別な段階です。がん細胞が乳管の内側にとどまり、乳管の壁(基底膜)を越えていない状態であれば、ステージ0と診断します。「ステージゼロ」「0期」とも呼ばれ、医学的には「非浸潤性乳管がん」、英語の頭文字をとってDCIS(ductal carcinoma in situ)とも表記されます。
がん細胞が「乳管の中」にとどまっている、ということの意味
乳房の中には、母乳を運ぶ細い管(乳管)が張り巡らされており、乳がんの多くはこの乳管の内側を覆う細胞から発生します。
イメージしやすいたとえとして、乳管を「コンクリートでできた土管」だと思ってください。土管の内側でがん細胞が増えていても、コンクリートの壁を破っていないあいだは、がんは土管の中に閉じ込められています。これがステージ0(非浸潤がん)の状態です。
転移に関わる血管やリンパ管は、この土管の外側を走っています。がん細胞が壁を破って土管の外へ漏れ出したとき、初めて血管やリンパ管に触れ、全身へ運ばれる可能性が生まれます。これが浸潤がんであり、転移の出発点です。
ステージ0では、がん細胞はまだコンクリートの壁を破っておらず、血管やリンパ管に触れていません。したがって、理論上は転移する力を持っていないのです。ステージ0の治療成績が良い理由は、ここにあります。

ただし、土管の中で増え続けたがん細胞は、時間とともに壁を破って外へ漏れ出す可能性があります。ステージ0の治療には、「今あるがんを取り除く」ことに加えて、「将来の浸潤がんへの進行を阻止する」という目的があります。
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非浸潤がんは、しこりとして触れないことが多い病気です。乳管の中にとどまっているため、周囲の組織を押し広げる「かたまり」を作りにくいからです。
そのかわり、マンモグラフィでは「微細石灰化」として写ることがよくあります。これは、乳管の中で増えたがん細胞の一部が壊れ、そこにカルシウムが沈着したものです。ステージ0の多くはこの石灰化を手がかりに発見されており、日本でも検診の普及にともなって、ステージ0で診断される方が増えています(乳がん全体の1〜2割程度)。
石灰化だけで見つかった場合、しこりも痛みもないまま「がん」と告げられることになります。自覚症状がないぶん、診断を受け入れるまでに時間がかかるのは自然なことです。
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がん保険の書類で、「上皮内新生物」「上皮内がん」という言葉を目にすることがあります。これは非浸潤がんの別の呼び方で、がん細胞が上皮(乳管の内側を覆う細胞の層)の中にとどまっている、という意味です。医学的には、非浸潤性乳管がんと同じものを指しています。
がん保険では、この「上皮内新生物」と、浸潤がんである「悪性新生物」とで給付の扱いが分かれている商品がありますので保険会社に申請を出す場合は注意が必要です。
なぜステージ0でも全摘になることがあるのか
「一番早い段階なのに、なぜ乳房を全部取るのか?」
答えは、温存か全摘かを決めるのは「ステージ」ではなく「がんの広がり」だからです。
温存か全摘かを決めるのは「広がり」
乳房温存手術は、がんとその周囲だけを部分的に切除して、乳房を残す手術です。温存ができるのは、がんの広がりが乳房の大きさに対して十分小さく、取り残しなく切除しても乳房のかたちを保てる場合に限られます。
ところが非浸潤がんには、しこりを作らないかわりに、乳管に沿って広がるという性質があります。土管のたとえで言えば、がん細胞は壁を破って外に出るのではなく、土管の中を長く伸びていくのです。1本の乳管は乳頭から枝分かれして乳房の奥まで伸びているため、がん細胞がその中を進むと、触れるしこりはないのに、広がりが数センチに及ぶことがあります。
マンモグラフィで石灰化が広い範囲に散らばっている場合や、MRIで広範囲に造影される場合には、がんの広がりが4〜5cmを超えることも珍しくありません。この範囲を取り残しなく切除すれば乳房の大部分を失うことになり、形状を保てないために温存する意味がなくなってしまいます。乳房の小さい方では、より小さな広がりでも同じことが起こります。
つまり、全摘を勧められたのは「がんが進んでいるから」ではなく、「がんが乳管に沿って広く分布しているから」です。ステージ0のまま全摘になることと、ステージが進んでいることは、まったく別の話なのです。
私たちが術式を決めるときに見ているのは、マンモグラフィの石灰化の分布と、MRIで造影される範囲です。石灰化が乳房の一区画に収まっていれば、温存を第一に考えます。一方、複数の区画にまたがっていたり、乳頭側に向かって長く伸びていたりする場合は、温存しても取り残しが出る可能性が高いため、最初から全摘を提案します。このあたりの判断は医師の裁量が大きく関わる部分なので、セカンドオピニオンを検討することもよいでしょう。
あわせて読みたい乳がんの手術──温存か全摘か、選び方と術後の実際を専門医が解説→温存手術をしても「取り切れていない」とわかったとき
温存手術を行う際は、切除した部分の端(断端)にがん細胞が残っていないかを、手術中に病理検査で確認します(術中迅速病理診断)。非浸潤がんは広がりを術前に正確に把握しきれないことがあるため、この検査で断端にがん細胞がみつかることがありますが、その場合はしっかりと顕微鏡レベルで取り切れるまで追加切除を行います。
一方で追加切除でも取り切れず、これ以上切除すると乳房のかたちが保てなくなると判断した場合には、手術中の主治医の判断で全摘に切り替えることがあります。この手術中の術式の変更は、手術前の説明の際に主治医から必ず話がありますので、しっかりと聞いて理解するようにしてください。温存手術で手術に臨んでも、術中の検査結果による判断から全摘術になってしまうリスクがあることに同意がなされない場合は、基本的には乳房温存手術を行うことは不可能です。
また、術中迅速病理診断は30分程度で行う、あくまでスピード重視の簡易的な検査であるため、しっかりと数日かけた病理診断により、後日診断が変わってしまうことがあります。具体的には、手術中は断端にがん細胞はいないという診断であったにも関わらず、後日がん細胞が見つかってくることが稀にあります。
このようなケースでは、非浸潤がんであれば放射線照射の回数を増やす、いわゆるブースト照射で再発のコントロールを行うことが多くあります。あらためて全摘術を行うことも間違いではありませんが、主治医や放射線治療医と相談して、自分のニーズにあった最適な方法を検討してください。

全摘術になったときの乳房再建
全摘を選ぶ場合、乳房再建を手術と同時に、あるいは後日行うことができます。全摘術後は放射線治療が不要なことがほとんどであり、再建の時期や方法の選択肢が広い状況でもあります。再建手術をするかどうか、するならいつ・どの方法にするかは、手術前にしっかりと相談して決めるべきなので、「全摘になるなら再建も一緒に考えたい」と主治医に伝えれば、形成外科を交えた相談につないでもらえます。
あわせて読みたい乳房再建はするべき?「しない」選択も含めて──方法・費用・タイミングを乳腺外科医が解説→ステージ0の再発率──温存+放射線と全摘でどう違うか
ステージ0の再発とは、ほとんどの場合、治療した側の乳房にがんが再び現れる「局所再発」を指します。遠くの臓器に転移するかたちでの再発は、非浸潤がんではまず起こりません。
再発の約半分は「浸潤がん」として再発する
再発と聞くと、「また非浸潤がんが出てくるのだろう」と思われるかもしれません。ところが実際には、同じ乳房に再発したがんのおよそ半分は、非浸潤がんではなく浸潤がんとして見つかります。
これは一つの病院の経験ではなく、温存手術のあとに放射線治療を行うかどうかを比べた海外の大規模な臨床試験で、繰り返し確かめられてきた事実です。米国のNSABP B-17・B-24試験では、同じ乳房に再発した490件のうち263件(54%)が浸潤がんでした。スウェーデンのSweDCIS試験では、20年間の追跡で非浸潤がんとしての再発が129件、浸潤がんとしての再発が129件と、ちょうど半分ずつでした。欧州のEORTC試験や英国・オーストラリアの試験でも、浸潤がんの割合は4〜5割で一致しています。
非浸潤がんを治療したのに、なぜ浸潤がんが出てくるのでしょうか。土管のたとえに戻ると、手術で取り切れずに残ったわずかながん細胞は、土管の中で増え続けます。それが再び見つかるまでのあいだに、コンクリートの壁を破って外へ漏れ出してしまうことがあるのです。再発が見つかった時点で、すでに壁の外に出ていれば、「浸潤がんとしての再発」になります。
浸潤がんとして再発すると、治療が振り出しに戻るだけではありません。壁の外には血管やリンパ管があるため、その時点から転移の可能性が生まれます。実際に、NSABP試験の長期追跡では、浸潤がんとして再発した方は乳がんで亡くなるリスクが約1.75倍に上がった一方、非浸潤がんとして再発した方ではリスクの上昇は見られませんでした。
ステージ0の治療で「局所再発を減らすこと」が重視されるのは、単に再手術を避けるためではありません。再発の半分を占める浸潤がんを未然に断ち、転移の入口をふさぐためなのです。温存手術のあとに放射線治療を勧める理由もここにあり、放射線治療は非浸潤がんとしての再発だけでなく、浸潤がんとしての再発もおよそ半分に減らすことが確かめられています。
再発率の数字の目安
術式によって、局所再発の頻度は大きく異なります。以下の数字は、2010年代を中心とした欧米の大規模な登録データと臨床試験に基づく目安です。がんの大きさ・グレード・断端の状態・年齢によって個人差があります。
| 治療 | 10年間に同じ側の乳房にがんが再び現れる割合(近年の目安) |
|---|---|
| 温存手術のみ | 約10〜15%(うち浸潤がんとして約5%) |
| 温存手術+放射線治療 | 約5〜8%(うち浸潤がんとして約2〜3%) |
| 乳房全摘 | 約1〜3% |
この数字は、ひと昔前の説明より小さいと感じる方がいるかもしれません。実は、1980〜90年代に行われた臨床試験では、温存手術のみで10年間に約28%、放射線治療を加えても約13%の再発が報告されていました。当時の数字が今でも引用されることがあります。
しかしその後、マンモグラフィやMRIによる広がりの評価、切除した断端の確認、病理診断の精度が大きく進歩し、再発は当時の半分ほどに減っています。オランダの全国登録では、温存手術と放射線治療を受けた方の10年間の浸潤がん再発は、1990年代の5.7%から2010年代には2.2%まで下がりました。米国の大規模施設でも、5年間の再発は1990年代までの13.6%から2000年代には6.6%へ半減しています。

一方で、放射線治療が再発をおよそ半分に減らすという関係は、この30年間変わっていません。2000年代に低リスクの非浸潤がんだけを集めて行われた試験(RTOG 9804)でも、15年間の再発は放射線治療あり7.1%、なし15.1%でした。
また、乳がんが原因で命を落とす割合は、どの治療を選んでもきわめて低い水準にとどまります。米国の大規模な登録データ(SEER)では、非浸潤性乳管がんと診断された方の20年後の乳がん死亡率は約3%と報告されており、この数字は温存でも全摘でもほとんど変わりません。
つまり、術式の違いは「命に関わる差」ではなく、「乳房内にもう一度がんが現れる可能性の差」です。この点を理解しておくと、温存か全摘か、放射線を受けるかどうかを考えるときの物差しがはっきりします。
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「針生検ではステージ0と言われたのに、手術のあとでステージ1に変わった」という経過があります。これは病気が進行したのではなく、手術で取った組織をすべて調べた結果、針生検では見つからなかった浸潤部分が見つかったということです。
針生検で採れる組織は、がん全体のごく一部にすぎません。針生検で非浸潤がんと診断された方のうち、手術後の病理検査で浸潤がんが見つかる割合は、海外の統合解析で約20〜25%と報告されています。特に、しこりを触れる場合、画像で大きい場合、グレードが高い場合に、この割合が高くなります。
浸潤の範囲がごくわずか(1mm以下)であれば「微小浸潤」と呼ばれ、ステージは1になりますが、治療方針が大きく変わることはあまりありません。浸潤の範囲がそれより大きい場合には、リンパ節の検査や術後の薬物療法が追加で検討されます。
診断が変わることは不安を招きますが、これは「隠れていた事実が手術で明らかになった」ということであり、手術を受けたからこそ得られた情報でもあります。
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温存手術のあとには、残した乳房全体に放射線を当てる治療を行うのが標準です。目的は、手術で取り切れなかった顕微鏡レベルのがん細胞を叩き、乳房内の再発を減らすことにあります。前の章で見たとおり、放射線治療によって局所再発はおよそ半分に減ります。
放射線が再発を減らす仕組みと、省略を検討する条件
放射線治療は命を延ばす治療ではなく、乳房内の再発を減らす治療です。そのため、「もともと再発の可能性が低い方」であれば、放射線を省略しても失うものは小さいのではないか、という考え方があります。
海外の臨床試験では、がんが小さく(2.5cm以下)、グレードが低〜中等度で、切除した断端に十分な余裕(3mm以上)がある「低リスク」の非浸潤がんに限れば、放射線を省略しても10年前後の局所再発率が10%前後にとどまることが報告されています。放射線を加えればさらに数%まで下がりますが、その差をどう評価するかは、年齢や価値観によって変わります。
日本の診療ガイドラインでは、非浸潤性乳管がんにおいても、温存手術後の放射線治療は原則として推奨されており、省略は限られた条件のもとで個別に検討するものと位置づけられています。70歳以上で腫瘍の範囲が狭く、低リスクの場合などには、放射線を省略する選択肢が相談されることがあります。
放射線を省略できるかどうかは、「がんの大きさ・グレード・断端・年齢」の4つを見て判断します。ご自身がその条件に当てはまるかどうかは、病理報告書を見ながら主治医に確認してください。
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ステージ0では、いわゆる抗がん剤を使用することはありません。使う可能性があるのはホルモン治療薬だけですがそれさえも必須ではありません。
ホルモン受容体陽性のステージ0でホルモン療法が検討される理由
非浸潤がんの多くは、女性ホルモン(エストロゲン)を受け取る「ホルモン受容体」を持っており、およそ70%がホルモン受容体陽性です。
ホルモン受容体陽性の場合、温存手術と放射線治療のあとにタモキシフェンなどのホルモン療法を加えることで、治療した側の乳房への再発と、反対側の乳房に新しくがんができる可能性の両方を減らせることがわかっています。米国の大規模試験(NSABP B-24)では、タモキシフェンを5年間服用することで、局所再発および対側乳房のがんの発生が約3割減りました。
ただし、ホルモン療法を加えても、命に関わる成績(生存率)は変わりません。ホルモン療法は「命を守るため」ではなく、「もう一度乳がんの治療を受ける可能性を減らすため」の治療です。この位置づけを理解したうえで、副作用(ほてり、関節のこわばり、気分の変化など)とのバランスを考え、受けるかどうかを決めることになります。
あわせて読みたいタモキシフェンの副作用と上手に付き合うために──ホットフラッシュ・不正出血などへの対処法→全摘したあとはホルモン療法を省略することが多い理由
全摘をした場合、治療した側の乳房はなくなっているため、局所再発はほとんど起こりません。ホルモン療法で減らせるのは、反対側の乳房に新しくがんができる可能性だけになります。
この利益は、5年間の服用にともなう副作用と比べて大きくないことが多いため、全摘後のステージ0ではホルモン療法を行わないことが多いといえます。ただし、反対側の乳房のリスクが特に高いと考えられる場合には、検討することがあります。

センチネルリンパ節生検は省略が可能
センチネルリンパ節生検は、がんが最初に流れ着くリンパ節を調べて、転移の有無を確かめる検査です。非浸潤がんはリンパ節に転移しないため、原則として省略が可能です。
ただし、針生検で非浸潤がんの診断であっても、臨床所見・画像検査などから針生検だけではわからない浸潤がんが隠れている可能性が否定できない場合には、センチネルリンパ節生検を行います。
手術をしないという選択はあるのか
「転移しないがんなら、手術をしなくてもよいのではないか」。この問いに答えるには、「放置」と「経過観察」を分けて考える必要があります。
「放置」と「経過観察」は違う
非浸潤がんを治療せずにそのままにしておくと、土管の中で増え続けたがん細胞が、時間とともにコンクリートの壁を破り、浸潤がんに進む可能性があります。
一方で、進行の速さ(進行速度)には大きな個人差があります。数年で浸潤がんになる方もいれば、20年以上変化しない方もいます。現時点では、どの非浸潤がんが進行し、どれが進行しないかを事前に見分ける方法は確立していません。だからこそ、切除を行うことが標準治療になっているのです。
「経過観察」は、この「放置」とは違います。定期的な画像検査で変化を監視し、進行の兆しがあれば直ちに治療に切り替える、という管理された選択肢です。ただし、それが安全かどうかは、まだ検証の途中にあります。
低リスクのステージ0を手術せずに見守る臨床試験
手術をしない経過観察が本当に安全かどうかを確かめる臨床試験が、世界で複数進んでいます。米国のCOMET試験、オランダのLORD試験、英国のLORIS試験がその代表です。日本でも、低リスクの非浸潤がんに手術をせずホルモン療法だけで経過を見る臨床試験(JCOG1505、LORETTA試験)が行われましたが、2025年に報告された結果では、5年間に浸潤がんが見つかった割合が事前に定めた安全性の基準を上回り、試験は早期に中止されました。
2024年12月に発表されたCOMET試験の初期報告では、低リスクの非浸潤がんを経過観察した群と手術をした群とで、2年間に浸潤がんが見つかった割合に大きな差はありませんでした。ただし、2年という期間は非浸潤がんの経過を判断するには短く、長期の結果はこれからです。
これらの試験は、対象を「小さく、グレードが低く、ホルモン受容体陽性」といった条件を満たす方に厳しく限定しています。現時点で経過観察は標準治療ではなく、臨床試験の中でのみ検討されるものです。試験に参加する場合も、定期的な検査と、進行時に速やかに手術へ切り替える体制が前提になります。
「手術をしたくない」という希望がある場合は、その気持ちを主治医に伝えたうえで、臨床試験の対象になるかどうかも含めて相談してください。標準治療の外で「様子を見る」ことは、勧められません。
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年齢が高い、心臓や肺の病気があるなど、手術そのものの負担が大きい方では、ステージ0に限らず手術を見送り、ホルモン療法や経過観察で対応することがあります。これは臨床試験とは別の、個別の医学的判断です。
非浸潤がんは進行がゆっくりであることが多いため、余命や生活の質を考えたときに、手術をしないほうが利益が大きいと判断される場面があります。その判断は年齢の数字だけで行うのではなく、全身の状態と本人の希望を合わせて行います。
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Q. ステージ0の乳がんで転移することはありますか?
原則としてありません。非浸潤がんは、コンクリートの土管にたとえた乳管の壁を破っておらず、外側を走る血管やリンパ管に触れていないため、転移する経路を持たないからです。ただし、手術で取った組織に浸潤部分が見つかった場合や、治療後に浸潤がんとして局所再発した場合には、その時点から転移の可能性を考える必要があります。「今の状態では転移しない」ことと「治療しなくてよい」ことは別だと考えてください。
Q. 針生検ではステージ0と言われたのに、手術後にステージ1に変わることはありますか?
あります。針生検で採れる組織はがん全体のごく一部なので、手術で取った組織をすべて調べた結果、針生検では見つからなかった浸潤部分が見つかることがあり、その割合は海外の統合解析で約20〜25%と報告されています。病気が進んだのではなく、隠れていた事実が手術で明らかになったということです。浸潤の範囲が1mm以下の「微小浸潤」であれば治療方針が大きく変わることは少なく、それより大きい場合にはリンパ節の検査や術後の薬物療法が追加で検討されます。
Q. 温存手術の途中で全摘に変わることがあると聞きました。本当ですか?
本当です。温存手術では、切除した部分の端(断端)にがん細胞が残っていないかを手術中に病理検査で確かめ(術中迅速病理診断)、残っていれば取り切れるまで追加切除を行います。それでも取り切れず、これ以上切除すると乳房のかたちが保てないと判断した場合には、手術中に全摘へ切り替えることがあります。この可能性は手術前の説明で必ず伝えられますので、内容をよく理解したうえで手術に臨んでください。術中に全摘へ変更する可能性に同意できない場合は、温存手術そのものを行うことが難しくなります。
Q. 手術後に「断端にがん細胞があった」と言われました。もう一度手術が必要ですか?
必ずしも再手術とは限りません。手術中の迅速病理診断は30分ほどで行う簡易的な検査のため、数日かけた正式な病理診断で、後からがん細胞が見つかることがまれにあります。非浸潤がんの場合は、放射線の照射回数を増やす「ブースト照射」で再発を抑える方法がよく選ばれます。あらためて全摘を行うことも選択肢の一つですので、主治医や放射線治療医と相談して、ご自身の希望に合った方法を決めてください。
Q. 温存手術のあと、放射線治療は必ず受けなければいけませんか?
原則として受けることが勧められています。放射線治療は乳房内の再発をおよそ半分に減らし、その効果はこの30年間の研究で一貫して確かめられています。ただし、がんが小さく、グレードが低〜中等度で、断端に十分な余裕があり、年齢が高い(70歳以上など)「低リスク」の場合には、省略が相談されることがあります。ご自身がその条件に当てはまるかどうかは、病理報告書を見ながら主治医に確認してください。なお、全摘の場合は放射線治療が不要なことがほとんどです。
Q. 抗がん剤やホルモン療法は必要ですか?
抗がん剤は使いません。がん細胞が乳管の中にとどまっていて、全身に散らばっているがん細胞がないと考えられるためです。ホルモン療法は、ホルモン受容体陽性(およそ7割の方)で温存手術と放射線治療を受けた場合に、治療した側と反対側の乳房の再発・新規発生を減らす目的で検討されますが、必須ではありません。生存率を変える治療ではないため、副作用とのバランスで受けるかどうかを決めます。全摘をした場合は、ホルモン療法を行わないことが多いです。
Q. センチネルリンパ節生検は受けなくてよいのですか?
非浸潤がんはリンパ節に転移しないため、原則として省略できます。ただし、針生検で非浸潤がんと診断されていても、しこりの大きさや画像の所見から浸潤がんの可能性が否定できない場合には、手術と同時にセンチネルリンパ節生検を行います。受けるかどうかは、術前の検査結果をもとに主治医が判断します。
Q. ステージ0の乳がんは、手術をしないで経過観察できますか?
現時点では、手術をしないで経過観察することは標準治療ではありません。非浸潤がんは放置すれば時間とともに浸潤がんに進む可能性があり、どのがんが進行するかを事前に見分ける方法がまだないためです。手術をせず見守る方法は、小さく低グレードでホルモン受容体陽性の「低リスク」に対象を限った臨床試験の中でのみ検討されており、日本のJCOG1505(LORETTA試験)は2025年に報告された結果で安全性の基準を満たさず早期に中止されました。手術をしたくない気持ちがある場合は、その気持ちを主治医に伝えたうえで相談してください。標準治療の外で「様子を見る」ことは勧められません。
Q. ステージ0の生存率はどのくらいですか?
非浸潤性乳管がんと診断された方が乳がんで命を落とす割合は、20年で約3%と報告されています(米国SEERデータ)。この数字は温存でも全摘でもほとんど変わりません。ほかの病気で亡くなる可能性を含めた全体の生存率は、同年代の女性とほぼ変わらないと考えられています。数字には個人差がありますので、ご自身の状況は主治医にご確認ください。
Q. がん保険で「上皮内新生物」扱いになるのはなぜですか?
非浸潤がんは、病理学上「上皮内がん(上皮内新生物)」に分類されるからです。多くのがん保険では、浸潤がんである「悪性新生物」と「上皮内新生物」とで診断給付金の扱いを分けており、上皮内新生物では給付が減額される商品や対象外となる商品があります。これは医学的な重さの違いではなく、保険の約款上の区分です。保険会社に申請する際は、診断書の病名をもとに契約内容を確認してください。なお、公的医療保険や高額療養費制度は、浸潤がんと同じように適用されます。
Q. 手術の入院期間はどのくらいですか?
温存手術では3〜5日程度、全摘では5〜10日程度が目安です。同時に再建を行う場合は、方法によってこれより長くなります。センチネルリンパ節生検を加えても、入院期間が大きく延びることはありません。詳しくは手術の記事をご覧ください。
あわせて読みたい乳がんの手術──温存か全摘か、選び方と術後の実際を専門医が解説→Q. 仕事復帰はいつごろできますか?
温存手術なら術後1〜2週間、全摘なら2〜4週間程度で、デスクワークに戻る方が多いです。放射線治療は通院で受けられるため、仕事を続けながら治療する方も少なくありません。仕事の内容や体の使い方によって目安が変わりますので、下の記事を参考にしてください。
あわせて読みたい乳がんの手術後、仕事復帰はいつから?──休む期間の目安を仕事の種類別に専門医が解説→Q. 「不幸中の幸い」「早期でよかった」と言われましたが、治療は軽いのですか?
「不幸中の幸い」「早期でよかった」という言葉は、転移の可能性がなく、乳がんで命を落とすことがきわめてまれである、という意味で使われています。その意味では、確かにもっとも治療成績のよい段階です。
ただし、治療そのものが軽いとは限りません。手術は浸潤がんと同じか、広がりによってはそれ以上の範囲になり、温存手術の途中で全摘に変わる可能性もあります。温存なら放射線治療が加わり、ホルモン受容体陽性ならホルモン療法を5年間続けることもあります。「命に関わらない」ことと「治療が簡単」なことは別です。治療の負担に見合う説明を受けていないと感じたら、遠慮なく主治医に聞いてください。
Q. 治療にかかる期間と費用(治療費)の目安は?
手術から放射線治療の終了までは、おおむね2〜3か月です。ホルモン療法を行う場合は、その後5年間の服薬が続きます。費用については、手術・放射線治療とも公的医療保険の対象であり、高額療養費制度によって1か月の自己負担には上限があります。上限額は所得によって異なりますので、制度の詳細は病院の医療相談室や、加入している健康保険にご確認ください。
まとめ
- ステージ0(非浸潤がん)は、がん細胞が乳管の中にとどまり、転移する力を持っていない段階です。手術で取り切れば再発は少なく、乳がんで命を落とすことはきわめてまれです
- 温存か全摘かは、ステージではなく「がんの広がり」で決まります。全摘を勧められたのは、がんが進んでいるからではなく、乳管に沿って広く分布しているからです
- 温存した場合、放射線治療で乳房内の再発をおよそ半分に減らせます。ホルモン受容体陽性ならホルモン療法を検討しますが、抗がん剤は使いません
- 手術をしない経過観察は臨床試験の段階で、標準治療ではありません
主治医に確認しておきたい3つの質問:
- 私のがんの広がりは、どのくらいの範囲ですか(石灰化やMRIで見た範囲)
- 温存できるとしたら、どんな条件が必要ですか。取り切れなかった場合はどうなりますか
- 手術のあとに放射線やホルモン療法が必要かどうかは、何を見て決めますか
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※ 本記事は上記の公的機関・学会等の情報をもとに、慶應義塾大学医学部 乳腺外科 林田哲 教授が監修しています。最終確認:2026-09-29









