乳がんの手術──温存か全摘か、選び方と術後の実際を専門医が解説

この記事の要点

  • 手術可能な乳がんでは、温存(+放射線治療)と全摘で生存率に差はありません
  • 局所再発率は温存で概ね5%以下、全摘で1%以下です(再発しても、その後の治療で対応できることが多いです)
  • 温存できるかは、しこりの数・広がり・放射線治療が受けられるか等で決まります
  • 温存を選ぶと、術後の放射線治療(約5週間の通院)が必要です
  • 入院の目安は温存で4〜6日、全摘で1週間前後です

乳がんと診断されて手術が必要であるという説明を受けると、多くの方がまず選択しなければならないのが「乳房を残せるのか、それとも全部とるのか」ということで、大変迷われるケースもあります。乳房温存手術と全摘手術は、切除する範囲だけでなく、その後の治療や生活も変わってきます。この記事では、二つの手術の違いと選び方、そして傷跡・入院・術後の暮らしといった「実際のところ」を、乳腺外科の立場から整理します。

目次

乳房温存手術と全摘手術──何が違う?

大きな違いは「乳房をどれだけ切除するか」です。温存手術は腫瘍(がん)と周囲の組織だけを取り除いて自分の乳房を残す方法、全摘手術は乳腺全体を切除する方法です。それぞれ、術後の治療や外見への影響が異なります。腫瘍の大きさや広がり、個数によっては温存手術を行うことが難しく、そもそも全摘手術しか選択肢がないケースも多くあります。

項目乳房温存手術乳房全摘手術
切除する範囲しこりと周囲の一部乳腺の全体
術後の放射線治療原則として必要多くの場合は省略できる(必要な場合もある)
乳房の外見自分の乳房が残る乳房を失う(再建という選択肢あり)
傷跡比較的小さい前胸部に線状の傷が残る
入院期間の目安4-6日間1週間前後

生存率は同じ、局所再発率は?

「乳房を残すと、命に関わるのでは」と心配される方は少なくありません。しかし手術可能な乳がんでは、温存手術+術後の放射線治療と全摘手術とで、生存率に差がないことが、複数の大規模な研究で示されています。

一方で、手術した側の乳房やその周囲に再びがんが現れる「局所再発」の割合は、温存手術のほうがやや高い傾向があります。ただし術後の放射線治療を組み合わせることで、この差は小さくおさえられ、研究データによって差はありますが、概ね5%以下の局所再発率と報告されています。また、局所再発が起きても、再手術を行うなどその後の治療で対応できることが多い点も知っておくと安心です。一方で、全摘手術の局所再発率は1%以下であると考えられています。

医学的には正確な定義がありますが、ざっくりと簡単に説明すると、生存率とは乳がんに対する手術を行った後、どれくらいの確率で根治が見込めるか。局所再発率とは、手術した乳房にまた乳がんが発生してしまう確率がどれくらいなのか、ということであり、この違いをしっかりと理解する必要があります。

もし、生存率が全摘手術の方がよいということであれば、全ての方に全摘手術をお勧めすべきですが、現実はそうではないという理由は、この生存率が変わらないという医学的根拠があるからですね。

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どちらを選ぶ?温存手術が適応にならないケース

医学的・技術的に温存手術が可能で、ご本人が希望する場合には、温存手術が選択できます。一方で、次のような場合は原則として温存手術が難しく、全摘手術がすすめられます。

  • 乳房内の離れた場所に複数のしこりがある場合
  • がんが広い範囲に広がっている場合(広範囲の石灰化を含む)
  • 術後に必要な放射線治療が受けられない事情がある場合(例:特殊な膠原病がある方など)
  • 腫瘍が乳房の大きさに対して大きく、残せる乳房が少ない場合

これらは目安であり、最終的な判断はがんの性質やご本人の状況によって変わります。また、乳腺外科医の経験や考え方など、医師の裁量によって変化する場合がありますので、納得できない場合はセカンドオピニオンで他の施設の医師の意見を聞く余地が存在すると考えます。

【専門医の視点】どのように考えて術式を選ぶか

私のこれまでの長い経験から、患者さんが手術の方法を検討する際におさえておきたいポイントは以下の通りです。

  • 整容性(外見の見た目)を考慮したいと考え、かつ主治医の判断が温存手術可能である場合は、そのまま温存手術をお勧めします。温存手術が可能にもかかわらず、全摘して再建術を行うことは、合併症が発生するなど、全てのケースで上手にきれいに治療が進むとは限らないため、お勧めしていません。
  • 乳がんが根治する可能性である全生存率は温存・全摘で違いはありませんので、「全部取った方が安心」というのは、感覚的には納得しやすいものですが、医学的には明らかな間違いです。
  • 一方で、局所再発率には少ないながらも明確な差がありますので、こちらを気にする場合は全摘術を選択することも間違いではありません。ただし、反対側の乳房は残りますので、こちらに新たな乳がんが将来的に発生する可能性がありますので、乳がんのリスクから100%フリーになれるというわけではないことを理解する必要があります。
  • 温存手術の場合は、術後の放射線照射を行うことが必須です。施設によって異なりますが、約5週間毎日通院する必要がありますが、様々な理由でこれが困難な場合は、全摘手術の検討をお勧めしています。

手術の傷跡はどうなる?

傷跡の大きさや位置は術式によって異なります。温存手術ではしこりの位置に沿った比較的小さな傷で済むことが多く、全摘手術では胸に横一筋の線状の傷が残ります。いずれも時間とともに目立ちにくくなっていきますが、傷の治り方には個人差があり、特にケロイド体質の方は創部が盛り上がってしまい、かゆみやピリピリする痛みが残る可能性があります。

慶應義塾大学病院では、温存手術の場合に乳輪の周囲を切開する術式を採用することが多く、どこを切開したのかがわからなくなるくらいきれいになる方がほとんどです。

入院期間と術後の経過

入院期間は術式によって異なり、一般に温存手術で4-6日間、全摘手術で一週間前後が目安です。再建手術を同時に行う場合は、さらに長くなることがあります。

手術直後は、皮膚の感覚が麻痺しており、痛みを感じない方が多いです。一方で、術後1-2週間が経過したあたりから感覚が段々もどってきて、傷の痛みや、腕の動かしにくさ、脇のあたりのしびれなどが一時的に見られることがあります。腕や肩の動きを取り戻すためのリハビリについては、別記事で時期ごとに解説しています。

乳がん術後のリハビリ|肩と腕の機能回復ガイド術後のリハビリを詳しく知るには乳がん術後のリハビリ|肩と腕の機能回復ガイド

なお、全摘手術で乳房を失った場合には、失った乳房を作り直す乳房再建という選択肢もあります(手術と同時に行う方法/後日行う方法、自家組織/人工物など)。再建の種類・費用・「再建しない」という選択については、別の記事で詳しく解説する予定です

術後の生活と仕事復帰

手術のあとは、体調の回復に合わせて少しずつ日常を取り戻していきます。仕事への復帰時期や、力仕事の再開の目安、職場への伝え方などは、別記事のチェックリストで具体的に整理しています。

乳がん治療後の復職チェックリスト復職の準備を進めるなら乳がん治療後の復職チェックリスト

よくある質問(Q&A)

Q. 乳房温存と全摘で生存率は変わりますか?
A. 手術可能な乳がんでは、温存手術+術後の放射線治療と全摘手術とで、生存率に差がないことが複数の大規模な研究で示されています。

Q. 局所再発率はどのくらい違いますか?
A. 温存手術+放射線治療で概ね5%以下、全摘手術で1%以下と考えられています。局所再発が起きても、その後の治療で対応できることが多いです。

Q. 手術の傷跡はどのくらい残りますか?
A. 温存は比較的小さな傷、全摘は前胸部に線状の傷が残ります。治り方には個人差があります。

Q. 入院期間はどのくらいですか?
A. 目安は温存手術で4〜6日、全摘手術で1週間前後です。再建を同時に行う場合はさらに長くなることがあります。

Q. 温存手術を選ぶと、放射線治療は必要ですか?
A. はい。温存手術では術後の放射線治療が原則必要で、施設により異なりますが約5週間の通院が必要になることがあります。

Q. 全摘のあと、乳房再建はできますか?
A. できます。手術と同時に行う方法や後日行う方法があり、詳しくは別記事で解説します。

参考文献・出典
  1. 日本乳癌学会『患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版』 jbcs.xsrv.jp
  2. 国立がん研究センター がん情報サービス「乳がん 治療」 ganjoho.jp

※ 本記事は上記の公的機関・学会等の情報をもとに、慶應義塾大学医学部 乳腺外科 林田哲 教授が監修しています。最終確認:2026-07-17

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