乳房温存手術後の放射線治療──皮膚ケアの「いつ・何を・どうするか」を知っておきましょう
見過ごされがちな皮膚トラブルという課題
乳がんの温存手術後には、温存した乳房への放射線治療がほぼ標準的に行われますが、放射線治療中の皮膚変化について事前に十分な情報を得ている患者さんはとても少ないです。この治療は局所再発手術で取り除いた乳房の同じ場所に、再びがんが現れることです。放射線治療はこのリスクを大きく減らすために行われます。のリスクを大幅に減らすという大切な治療ですが、一方で皮膚への影響を受ける患者さんが一定数いらっしゃいます。
ただし、正しい知識をもって適切なタイミングでケアを行えば、症状を軽くし、回復を早めることは十分に可能です。この記事では、照射前の準備から治療中の日常ケア、終了後の回復まで、具体的に何をすればよいかを時系列で整理してお伝えします。

放射線治療はなぜ必要で、どう進むのか
温存手術では乳房の形を残しながら腫瘍を切除しますが、目に見えない微小な腫瘍細胞目で見えないほど小さながん細胞のことで、手術後も乳房内に残っている可能性があります。放射線治療はこれらを根絶することが目的です。が乳房内に残っている可能性があります。放射線治療はこれらの細胞を根絶し、同じ側の乳房に再びがんが現れるリスクを大きく下げるために行います。一般的なスケジュールは、週5回の通院で合計25回から30回、およそ5週間から6週間にわたります。近年では、1回あたりの線量をやや高くして16回程度に短縮する寡分割照射1回あたりの放射線の量をやや多くして、治療回数を減らす方法です。従来の25~30回から16回程度に短縮でき、患者さんの負担が減ります。が広く採用されるようになりました。
照射範囲は温存した乳房全体をカバーし、乳管内病変の残存が疑われる場合にはブースト照射乳房全体への放射線治療の後に、特定の場所(乳管内病変の残存が疑われる部位など)に追加で放射線を当てることです。といって追加の線量を上乗せすることがあります。リンパ節転移がん細胞がリンパ節に広がっている状態です。この状況によっては、腋の下や鎖骨上のリンパ節領域まで放射線治療の範囲が広がることがあります。の状況によっては、腋窩や鎖骨上のリンパ節領域まで照射範囲が広がる場合もあります。
皮膚に変化が起きる仕組みと時期
放射線は腫瘍細胞だけでなく、照射する部位にある正常な皮膚の細胞にも影響を与えます。表皮の基底層皮膚の一番奥にある層で、細胞が活発に分裂して新しい皮膚を作っています。放射線によるダメージを受けやすい部分です。にある細胞は活発に分裂しているため、放射線によるダメージを受けやすく、ターンオーバー古い皮膚細胞が剥がれ落ち、新しい細胞に生まれ変わるサイクルのことです。放射線の影響でこのサイクルが乱れると皮膚症状が生じます。が乱れることで様々な皮膚症状が生じます。真皮皮膚の中間層で、血管や線維質を含んでいます。放射線が当たると毛細血管が拡張し、赤みやむくみが生じることがあります。レベルでは毛細血管の拡張微細な血管が広がることで、皮膚の赤みが出現します。放射線治療後の皮膚症状の原因の一つです。や炎症が起こり、赤みやむくみにつながります。
多くの方では照射開始から2週間ほど経った頃にうっすらとした赤みを感じ始め、3週目から4週目にかけて症状が目立つようになります。ただし、これには個人差があり、照射線量が高い方、大きめの乳房でしわが重なる部位がある方、皮膚が薄い方、糖尿病などで皮膚の修復力が低下している方は、症状が強く出やすい傾向があります。
皮膚変化の三つの段階を知っておく
最初に現れるのが発赤です。日焼けのあとのようなほんのりとした赤みで、触るとほのかに温かく感じることがあります。多くの方が「なんとなくピリピリする」と表現される軽い感覚を伴います。
次の段階では、皮膚の乾燥が進み、粉をふいたようなカサつきや色素沈着放射線が当たった皮膚が黒ずむ症状です。数ヶ月から1年かけてゆっくり薄くなっていきますが、完全には元に戻らないこともあります。が見られるようになります。かゆみを感じる方も多く、無意識に掻いてしまいがちです。
さらに進むと湿性落屑皮膚の表面がめくれて、透明または黄色の液体(浸出液)がにじみ出る症状です。放射線皮膚炎の最も進んだ段階を表します。(しっせいらくせつ)と呼ばれる段階に入り、皮膚の表面がめくれて透明や黄色の浸出液がにじみ出ます。特に乳房の下のしわや腋窩に近い部分で起こりやすく、衣類が触れると痛みを感じることがあります。湿性落屑が広がった場合や、強い痛みで日常生活に支障が出る場合には、速やかに主治医に伝えてください。照射スケジュールの調整が必要になることもあります。
照射前に始める準備

治療開始が決まったら、照射予定部位の皮膚を観察しておきましょう。もともと湿疹や傷がある場合は事前に治療しておくことが大切です。保湿ケアは照射が始まる1週間ほど前から開始するのが理想的です。使用する保湿剤は、香料・着色料・アルコールを含まないシンプルな処方のものを選んでください。ヘパリン類似物質血流を改善して、皮膚の保湿を高める成分です。放射線治療中の皮膚ケアに適した保湿剤の主成分として使われます。を主成分とする保湿剤やワセリンが代表的です。尿素配合のクリームは刺激を感じる方がいるため避けたほうが無難です。
下着は、ワイヤー入りのブラジャーから綿素材のソフトブラやカップ付きキャミソールに替えておくと、照射部位への摩擦や締め付けを減らせます。縫い目が直接皮膚に当たらないデザインを選ぶこともポイントです。
また、照射側の腋窩には制汗剤やデオドラントを使わないでください。脱毛剤やカミソリによる処理も皮膚を傷つけるリスクがあるため、治療期間中は控えましょう。
照射期間中の毎日のケア
日々の洗浄は、ぬるめのお湯と低刺激性のボディソープで優しく行います。泡を手のひらに取り、照射部位にそっと乗せるようにして、決してゴシゴシこすらないことが大切です。入浴の温度は38度から39度程度のぬるま湯とし、長湯は避けて10分程度にとどめてください。
保湿剤は入浴後と朝の着替え時の1日2回塗るのが目安ですが、照射の直前には塗らないでください。保湿剤の成分が皮膚表面に残っていると、照射時に皮膚線量が変化する可能性があるためです。近年の研究では薄い塗布であれば表面線量への影響はほとんどないとされていますが、施設ごとに方針が異なるため、担当の放射線治療スタッフに確認しておくと安心です。
衣類は綿100パーセントの柔らかい素材を基本とし、縫い目が外側にくるタイプのインナーが快適です。照射部位への直射日光は厳禁で、外出時は薄手の上着やストールで覆うようにしてください。やってはいけないこととして、照射部位へのテープの貼付、温湿布やカイロの使用、かゆくても掻くことは皮膚障害を悪化させるため、強く注意しています。

症状が強くなったときの対処法
赤みやかゆみが強い場合には、ステロイド外用薬赤みやかゆみを抑えるために皮膚に塗る薬です。放射線治療中の皮膚症状が強い場合に医師から処方されることがあります。が処方されることがあります。一般的にはミディアムクラスからストロングクラスステロイド軟膏の強さを5段階で分類したもので、中程度から強力な効果を持つ薬を指します。症状の程度に応じて使い分けられます。のステロイド軟膏を薄く塗布します。処方された用法を守り、自己判断で塗る回数を増やしたり中断したりしないようにしましょう。
湿性落屑が生じた場合には、創傷被覆材皮膚の損傷部位を保護するための特殊な材料で、浸出液を吸収しながら湿った環境を保つことで治癒を促進します。(ハイドロコロイド創傷被覆材の一種で、ジェル状の特殊な素材です。浸出液をしっかり吸収しながら湿潤環境を保つため、皮膚の回復を助けます。やポリウレタンフォーム創傷被覆材の一種で、スポンジ状の素材です。高い吸収性を持ちながら通気性も保つため、皮膚の治癒に適しています。など)で保護し、浸出液を吸収しつつ湿潤環境を保つ方法が用いられます。痛みが日常動作に差し支える場合は、アセトアミノフェンなどの鎮痛薬が内服で処方されることがあります。
皮膚の炎症が進行し、広範囲の湿性落屑や感染兆候が認められる場合は、照射を一時中断して皮膚の回復を待つ判断が行われることもあります。数日から1週間程度の短期中断であれば治療効果への影響は限定的とされています。ただし、2週間を超える長期中断は治療効果を低下させる可能性があるため、主治医が皮膚の回復状況をみながら最適なタイミングで再開します。

照射終了後の皮膚回復
治療が終わった日から皮膚がすぐに良くなるわけではありません。放射線の影響は蓄積していくため、照射終了後1週間から2週間で症状のピークを迎える方も少なくありません。この時期を乗り越えると、発赤は徐々に落ち着き、色素沈着へと移行していきます。
色素沈着は数ヶ月から1年かけてゆっくりと薄くなっていきますが、完全に元通りにならないこともあります。一部の方では、照射部位の皮膚が硬くなる線維化放射線が当たった部位の皮膚が硬くなる現象です。長期的に生じることがあり、定期的な保湿とマッサージで柔軟性を保つことが勧められます。が長期的に生じることがあり、定期的な保湿とマッサージで柔軟性を保つことが勧められます。そのような場合、保湿ケアは照射終了後も最低3ヶ月から6ヶ月は継続してください。
通常の入浴は皮膚の赤みが改善し、主治医の許可が出てからにしましょう。日光浴についても、照射後少なくとも1年間は直射日光を避け、日焼け止めを使用することを推奨しています。
よくいただく質問にお答えします
「市販の保湿クリームを使ってもいいですか」と聞かれることが多いのですが、香料やアルコールが入っていないシンプルなものであれば使用可能です。ただし、新しい製品を試す前には必ず主治医か担当看護師に確認してください。
「温泉やプールにはいつから入れますか」については、皮膚が完全に乾いた状態になり、浸出液やかさぶたがない状態になってからが目安です。多くの場合、照射終了後1ヶ月から2ヶ月程度ですが、塩素や温泉成分が刺激になることがあるので慎重に再開しましょう。
「照射した側の腕を上げるリハビリはどうしたらよいですか」という質問も頻繁にいただきます。肩関節の可動域訓練は照射期間中も継続していただいて構いませんが、皮膚が強く引っ張られる動作で痛みが出る場合は無理せず、放射線治療科の先生と相談しながら段階的に進めてください。
「将来の再建手術に影響がありますか」については、放射線照射後の皮膚は血流や弾力性が低下するため、エキスパンダー乳房再建手術の際に使用される装置で、皮膚を徐々に伸ばして新しい皮膚を作るために用いられます。による拡張の際に影響がでたり、インプラントによる再建後にカプセル拘縮豊胸インプラント手術後に、インプラント周囲に硬い膜ができて胸が硬くなる合併症です。放射線照射を受けた皮膚ではこのリスクが高まります。のリスクが明らかに高まることが知られています。自家組織再建のほうが適している場合もありますので、再建を考えている方は乳腺外科医と形成外科医の両方と早めに相談されることをお勧めします。
時期ごとのケアの要点と相談先
照射前は保湿ケアの開始と下着の見直し、照射中はぬるま湯での優しい洗浄と保湿剤の正しいタイミングでの使用および皮膚観察の継続、照射後は保湿の継続と紫外線回避が柱となります。
皮膚の変化で困ったときは、主治医のほか、放射線治療室の看護師や必要に応じて皮膚科の医師にも相談できます。皮膚トラブルは我慢するものではなく、早めに対処すれば治療全体の流れを大きく崩さずに済みます。照射前・中・後の各段階で、この記事の内容を手元に置いて確認しながら過ごしていただければ、それが最も確実なセルフケアの第一歩になるはずです。