前編では、ルミナルタイプER陽性かつHER2陰性の乳がんを指す分類名です。乳がんの中で最も患者数が多く、ホルモン療法が中心となる治療が行われます。の特徴とA型・B型の違いについてお伝えしました。ルミナルB型かA型かで治療方針が変わる可能性があることをご理解いただけたと思います。しかし、より正確な判断には、検査結果だけでなく、その方のがんの遺伝子情報も重要な役割を果たします。
Oncotype DXなどの遺伝子検査──「抗がん剤治療が必要か」を判断する手がかり
「ホルモン療法女性ホルモンの働きを抑えたり、ホルモン受容体をブロックしたりして、がんの成長を遅くする治療です。ER陽性のがんに対して長期間にわたり行われます。だけで大丈夫なのか、それとも抗がん剤治療も必要なのか」。これは、ルミナルタイプの乳がんと診断された方にとって、最も気になる問いの一つではないでしょうか。この問いに対して、より科学的な根拠をもって答えるために開発されたのが、Oncotype DXがん組織から21種類の遺伝子の活動度を調べて、再発のリスクと抗がん剤治療の効果を予測する検査です。治療の必要性を科学的に判断する手がかりになります。(オンコタイプDX)をはじめとする遺伝子検査です。
Oncotype DX再発スコアOncotype DXの検査結果を0~100の数値で表したもので、今後10年間でがんが再発する可能性の高さを示します。この数値が小さいほどリスクが低いです。の仕組み
Oncotype DXは、手術で取り出したがん組織を使って、21種類の遺伝子の活性度を調べる検査です。これらの遺伝子の情報を解析し、0から100までの「再発スコア」として数値化します。この再発スコアは、今後10年間に遠隔転移がんが最初にできた乳房から離れた、骨や肺、肝臓など他の臓器に広がることです。局所的な再発ではなく、遠く離れた臓器に転移することを指します。(がんが他の臓器に再発すること)が起こるリスクの目安を示すとともに、化学療法抗がん剤を使った治療のことです。全身のがん細胞に作用する薬を点滴や内服で投与して、がんの成長を抑えたり縮小させたりします。を加えることで得られるメリットの大きさを予測する指標でもあります。

スコアの3つの区分と治療選択
再発スコアは3つの区分で解釈されます。
- 低リスク(おおむねRS 0〜10):遠隔再発のリスクが低く、化学療法の上乗せ効果はほとんどありません。ホルモン療法単独で十分な治療効果が期待できます。
- 中間リスク(おおむねRS 11〜25):もともと化学療法を加えるべきか判断が難しい領域でしたが、後述するTAILORx試験約1万人のリンパ節転移のないER陽性乳がん患者を対象とした大規模臨床試験です。中間リスク群では50歳以上の患者にホルモン療法単独で十分な治療効果が得られることを証明しました。の結果、特に50歳以上の方ではホルモン療法単独で同等の治療成績が得られることが明らかになりました。50歳未満の方では、スコアの値や他の因子も含めて総合的に判断します。
- 高リスク(おおむねRS 26以上):遠隔再発のリスクが比較的高く、化学療法を加えることで再発率を有意に下げられる可能性があります。

TAILORx試験とRxPONDER試験リンパ節転移が1~3個あるER陽性乳がん患者を対象とした臨床試験です。閉経状態によって、化学療法の効果が異なることを明らかにしました。が教えてくれたこと
Oncotype DXの臨床的な意義を確立した重要な臨床試験として、TAILORx試験とRxPONDER試験があります。TAILORx試験は、リンパ節転移がんが乳房の近くにあるリンパ節に広がっている状態です。がんの進み具合を評価する上で重要な情報で、転移の個数によって治療方針が変わります。のないER陽性がん細胞が女性ホルモン(エストロゲン)の受容体を持っているという意味です。このタイプのがんはホルモン療法が効きやすいという特徴があります。/HER2陰性がん細胞がHER2というタンパク質をほとんど持っていないということです。HER2陽性のがんと比べると、特定の分子標的薬が効きにくい傾向があります。乳がん約1万人を対象とした大規模試験です。中間リスク群(RS 11〜25)の患者さんを「ホルモン療法単独」と「化学療法+ホルモン療法」に無作為に割り付けて比較した結果、50歳以上では両群の再発率にほとんど差がないことが示されました。多くの患者さんが化学療法の副作用を受けることなく、同等の治療成績を得られることを証明した画期的な試験です。
RxPONDER試験はさらに一歩踏み込み、リンパ節転移が1〜3個あるER陽性/HER2陰性乳がんを対象にしました。この試験では、閉経後の患者さんで再発スコアが0〜25の場合、化学療法を追加してもホルモン療法単独と同等の治療成績であることが示されました。一方、閉経前の患者さんでは、化学療法の追加による上乗せ効果が認められ、年齢や閉経状態によって治療方針が異なりうることが明らかになりました。
これらの試験結果は、「化学療法を受けるべきかどうか」という判断を、勘や経験だけでなく、科学的な根拠に基づいて行うための重要な土台となっています。

日本での保険適用
Oncotype DXは長い間、自費診療(約40〜50万円)で行われてきましたが、2023年からは日本でも保険適用となりました。これにより、経済的なハードルが大幅に下がり、より多くの患者さんがこの検査を活用できるようになっています。保険適用の対象には一定の条件がありますので、ご自身が該当するかどうかは主治医に確認してください。
MammaPrint70種類の遺伝子を調べて、がんの再発リスクを「低リスク」と「高リスク」に分類する検査です。Oncotype DXと異なるアルゴリズムを使用しています。など他の遺伝子検査
Oncotype DX以外にも、MammaPrint(マンマプリント)という遺伝子検査があります。こちらは70の遺伝子を解析して「低リスク」と「高リスク」の2つに分類するもので、MINDACT試験MammaPrintという遺伝子検査の有効性を検証するために行われた大規模臨床試験です。この検査が治療判断に役立つことを証明しました。という大規模臨床試験でその有効性が検証されています。Oncotype DXとMammaPrintはそれぞれ異なるアルゴリズムを使用しており、どちらが優れているということではなく、施設の方針や患者さんの状況に応じて使い分けられることがあります。日本ではOncotype DXの方がより普及しており、保険適用の面でもアクセスしやすい状況です。

検査結果をどうお伝えしているか
私が外来でOncotype DXの結果をお伝えするとき、最も気を使うのは「数値だけが一人歩きしないようにする」ということです。たとえば、再発スコアが20だった場合に「低リスクなので安心です」と単純に伝えるのではなく、「この数値は、化学療法を省略してホルモン療法をしっかり続けることで、十分な治療効果が期待できるという一つの根拠です」という形でお話しするようにしています。
患者さんからよくいただく質問は、「本当に抗がん剤をやらなくて大丈夫ですか?」というものです。この不安はもっともなことですし、いくら数値が「低リスク」を示していても、「やらないことへの不安」は残りますよね。そういうときは、先ほどご紹介した大規模臨床試験のデータをもとに、何千人もの患者さんの追跡結果から得られた結論であることを丁寧にお話ししています。逆に、スコアが高かった場合には、「化学療法を加えることで再発リスクを確実に下げられるというデータがありますから、ここは頑張りどころです」とお伝えしています。検査の数値は、患者さんと医師が一緒に治療を考えるための「対話の道具」なのです。
👉まずタイプの基本を知るルミナルタイプ乳がんとは?→治療の全体像──ルミナルタイプの標準的な流れ
ルミナルタイプの乳がんの治療は、手術を中心に据えつつ、術前・術後にさまざまな治療を組み合わせて進めていきます。ここでは、その全体的な流れをお話しします。
手術──温存手術か、全摘手術か
治療の出発点となるのは、やはり手術です。乳房温存手術がんとその周囲の組織だけを切除する手術です。乳房全体を失わないため、外見を保つことができるという利点があります。(がんとその周囲の組織だけを切除する方法)と、乳房全摘手術乳房全体を切除する手術です。がんが大きい場合やリスクが高い場合に行われ、その後乳房を再建することも可能です。(乳房全体を切除する方法)の2つが基本的な選択肢です。どちらを選ぶかは、がんの大きさ、位置、乳房のサイズ、患者さんのご希望などを総合的に考慮して決定します。温存手術を行った場合には、残った乳房に対する放射線療法高エネルギーの放射線を使ってがん細胞を破壊する治療です。温存手術後は原則として行われ、再発を防ぐ重要な役割を果たします。が原則として行われます。全摘手術を選択した場合でも、ご希望があれば乳房再建術を併せて検討することができます。
術前化学療法手術を行う前に化学療法で腫瘍を小さくする治療です。温存手術を可能にしたり、より完全にがんを取り除くための準備となります。を行うケース
がんが比較的大きい場合や、腫瘍を小さくしてから温存手術を目指したい場合には、手術の前に化学療法(術前化学療法)を行うことがあります。ルミナルタイプは一般的にHER2陽性やトリプルネガティブのタイプと比べると化学療法への反応がやや穏やかな傾向がありますが、ルミナルB型で増殖活性が高い場合など、術前化学療法が有効なケースもあります。また、術前にホルモン療法を行う「術前ホルモン療法手術前にホルモン療法を行って、腫瘍を縮小させる治療です。特に閉経後の患者さんで効果が期待できることがあります。」が選択されることもあり、特に閉経後の患者さんで腫瘍の縮小効果が期待できる場合に検討されます。
術後補助療法手術後に行う追加的な治療の総称です。ホルモン療法、化学療法、放射線療法などを組み合わせて、再発のリスクを低減させます。の3つの柱
手術後の治療は、「ホルモン療法」「化学療法」「放射線療法」の3つが柱となります。ルミナルタイプでは、ホルモン療法がほぼ全例で行われます。化学療法が追加されるかどうかは、先ほどお話ししたKi-67がん細胞の増殖活性の程度を示す指標です。数値が高いほどがん細胞が活発に増殖していることを意味し、より積極的な治療が必要とされます。やOncotype DXの結果、リンパ節転移の有無などを踏まえて判断されます。放射線療法は、温存手術後にはほぼ全例で行われ、全摘手術後でもリンパ節転移が多い場合などには実施されることがあります。
ホルモン療法は「5年から10年」の長期治療
ルミナルタイプの治療で最も重要なことの一つが、ホルモン療法は長期間にわたるという事実です。標準的な治療期間は少なくとも5年、リスクが高い場合には10年まで延長されることがあります。外来で「5年もですか」と驚かれる方も多いですし、実際に5年というのは長い時間です。しかし、ER陽性の乳がんは手術後5年、10年経ってから再発するケースがまれではなく、長期にわたるホルモン療法が、こうした「遅い再発」のリスクを下げるために重要な役割を果たします。
ホルモン療法の詳細については、当サイトの「術後内分泌治療ってどんな治療?」の記事で詳しく解説していますので、こちらもぜひご覧ください。
Oncotype DXなどの遺伝子検査の結果と臨床情報を組み合わせることで、化学療法が本当に必要かどうかが見えてきます。治療方針が決まったら、次は実際の治療を進めていくことになります。ホルモン療法をどのように行い、どのような薬を選ぶのか、その選択肢について次回詳しくご説明します。
- 日本乳癌学会『患者さんのための乳がん診療ガイドライン2023年版』 jbcs.xsrv.jp
- 国立がん研究センター がん情報サービス「薬物療法」 ganjoho.jp
※ 本記事は上記の公的機関・学会等の情報をもとに、慶應義塾大学医学部 乳腺外科 林田哲 教授が監修しています。最終確認:2026-06-04
📖 乳がんサブタイプ別の最新治療 〜 初期治療編(2/12)