乳がん治療中の心の変化と向き合うために ── 診断・手術・抗がん剤治療における心のケア

こころのケア

乳がん治療中の心とからだ ── 揺れる気持ちとともに歩むために

がんの治療中、体のことだけでなく心にもいろいろな変化が起きます。実は、がん治療を受けている方の3〜5割が何らかの心のつらさを感じているといわれています。乳がんの場合、診断から1年以内に強い不安や気分の落ち込みを経験する方が約4人に1人。それなのに、実際に心のサポートを受けられている方はその半分にも届いていないのが現状です。

「こんなに気持ちが揺れるのは自分だけなのでは」と考えられる患者さんは少なくありません。でも、乳がん診断後の心の動きには実は共通したパターンがあって、多くの方が似たような道をたどっています。これは「病気・障害の受容プロセス」として、多くの研究者がモデル化していることからもわかります。

これまでたくさんの患者さんとお話ししてきた中で私が繰り返し感じるのは、治療中の気持ちの変化には、ちょうど波のような浮き沈みがあるということです。この記事では、治療の時期ごとに心がどう揺れ動くのか、そしてどう付き合っていけばよいのかをお伝えしたいと思います。

治療が始まったばかりの時期 ── 情報の洪水と決断疲れ

乳がんと診断された直後、多くの方がまず経験するのは、頭が真っ白になるような感覚です。診察室で先生の説明を聞いているのに、途中から言葉が頭に入ってこなくなった——そのようにおっしゃる方はとても多いです。これは、脳が強いストレスから自分自身を守ろうとしている自然な反応です。理解力が足りないわけでは決してありません。

少し気持ちが落ち着いてくると、今度はインターネットや本でたくさんの情報を調べ始める方がほとんどです。ステージ、サブタイプ、手術の方法、薬の種類……。調べるほど選択肢が見えてくる一方で、「本当にこの治療でいいんだろうか」「もっと良い方法があるんじゃないか」という迷いもどんどん大きくなっていきます。

セカンドオピニオンを受けるかどうかで悩む方も多く、その「悩むこと自体」がまた負担になったりもします。セカンドオピニオンは患者さんに認められた権利ですので、迷っていることを主治医にそのまま伝えていただいて大丈夫です。

この時期にぜひ心がけていただきたいのは、信頼できる情報源を2つか3つに絞ることです。主治医からの説明資料、日本乳癌学会が発刊する「患者さんのための乳がん診療ガイドライン」、そしてこのサイト「BCWise」が安心です。それから、診察のときには、頭の中にあるたくさんの不安の中から「いちばん心配なこと」を1つだけ伝えてみてください。たった一つの質問でも、白衣を前にすると緊張で出なくなることがありますので、是非メモにとって持って行きましょう。

抗がん剤治療中の心の変化 ── サイクルごとに波がある

抗がん剤治療が始まると、心の状態は投与のスケジュールに合わせて波のように変わっていきます。投与日が近づくと緊張が高まり、投与後の数日間はだるさや吐き気に苦しみ、1週間くらい経って体が楽になってくると気持ちもようやく少しほっとする。この繰り返しが何サイクルも続くわけです。

外来でよくお聞きするのが「3回目の壁」です。1回目は緊張しながらもなんとか乗り越え、2回目はある程度の見通しが持てるようになる。でも3回目あたりで、副作用の積み重ねと気持ちの疲れが一気に押し寄せて、「もうやめたい」という思いが湧いてくるのです。この気持ちは決して弱さではありません。体に大きな負担がかかっているのですから、心も疲れて当然です。そう感じた自分を責めないでください。その気持ちを主治医に伝えていただければ、症状やつらさを和らげる治療の充実を一緒に考えることができます。

急に涙が出たり、ちょっとしたことでイライラが止まらなくなったり——そんな感情の変化に戸惑う方も少なくありません。抗がん剤によって生理周期が止まることで、女性ホルモンのバランスに影響することがあり、気持ちの揺れが「心の問題」だけでなく、体の変化からも来ていることがあります。つまり、「気の持ちよう」では片づけられないことがあるのです。

毎日の過ごし方で助けになるのが「エネルギー配分」という考え方です。投与後の数日間は体力も気力も落ちることを前もって織り込んでおいて、予定をできるだけ入れないようにする。そして体調が戻ってくる時期に、やりたいことをあらかじめリストにしておく。つらい日にも「あと何日かしたらあれをしよう」という小さな楽しみがあると、それが気持ちの支えになります。

手術前後の不安とからだの変化

手術を前にして、強い不安を感じるのはごく自然なことです。全身麻酔のこと、手術の結果がどうなるか、目が覚めたときの自分の体はどうなっているのか……。眠れない夜を過ごす方はとても多いですね。

外来では「手術ってどのくらい痛いですか?」という質問を本当によくいただきます。正直にお答えすると、乳がんの手術は多くの方が想像しているほどの痛みではありません。「拍子抜けしました」とおっしゃる方も実際に多いのです。もちろん個人差はありますし、乳房再建を同時に行った場合は数日間の痛みが継続することが多いです。ただ、もし術後の痛があったとしても、鎮痛剤でしっかりコントロールできますし、手術の翌日にはベッドから起き上がってトイレに行ける方がほとんどです。

むしろ心への影響が大きいのは、術後の日常動作の変化です。特に腋窩リンパ節郭清を行った方は、腕を上げにくい、着替えに手間取る、髪を結べない——こうしたささいなことが「自分の体が自分のものではないような」心細さにつながることがあります。手術前にどんなに説明を聞いていても、実際に体験してみないとわからないことがあるものです。

こうしたことが一度に押し寄せてくるのですから、心が追いつかなくて当たり前です。ただ、私の経験からお話しすると、術後に笑顔で退院される方がほとんどです。日が経つにつれてドレーンが抜け、腕も少しずつ動くようになり、自分の体との新しい付き合い方が見えてきます。入院期間も多くの場合は5〜7日程度で、退院後は日常生活に段階的に戻ってくことが可能です。

日常生活のなかで感じる孤独感

治療が進むにつれて、思いがけず深くなるのが孤独感です。家族も友人も心配してくれている。それはわかっている。でも、「わかってもらえない」と感じる瞬間がある。健康な人には想像しきれない体のつらさ、先のことへの不安——そういうものを言葉にしても、どこか伝わりきらないもどかしさ。多くの患者さんが感じていることです。

「頑張って」という言葉がつらいと感じるのも、よくあるお話です。じゅうぶん頑張っているのに、もっと頑張れと言われているように聞こえてしまったり、頑張りようのない状況で途方に暮れたり。相手に悪気がないとわかっているからこそ、つらいと思ってしまう自分に罪悪感を覚える方もいます。

SNSとの距離感もなかなか難しい問題ですよね。同じ病気の方の経験を知ることが励みになる一方で、元気そうに過ごしている投稿を見て「自分だけがこんなにつらいのでは」と落ち込んでしまうことがある。情報との距離は、意識的にコントロールして構わないものです。つらいなと感じたら、画面を閉じる。それだけでじゅうぶんです。

職場にどう伝えるかも、悩ましいところですね。治療でお休みが必要な場合はある程度の説明を求められますが、どこまで詳しく話すかはご自身の判断で決めてよいことです。あえて伝えないという選択も、立派な選択です。このサイトでは、仕事との付き合い方をガイドする記事があるので、ぜひ参考にしてみてください。

孤独感への向き合い方として知っておいていただきたいのは、「完全にわかってもらう」ことを目指すよりも、「そばにいてもらう」ことの大切さです。すべてを理解してもらえなくても、ただ隣にいてくれる人がいるだけで、心がふっと楽になることがあります。周囲に何かをお願いするときには、「買い物を代わりにお願いしたい」「今日は静かに一緒にいてほしい」のように、具体的な言葉にしてみてください。漠然とした「助けて」よりも、具体的なお願いのほうが相手も動きやすいですし、お互いの気持ちも楽になります。

体の変化が心に与えるもの

髪が抜けるということは、抗がん剤の副作用のなかでもとりわけ心への影響が大きいもののひとつです。鏡を見るたびに治療中であることを突きつけられるようで、気持ちが大きく揺らぎます。体重が変わったり肌が荒れたりすることもそうで、外見が変わっていくことに「自分が自分でなくなっていくようだ」と感じる方もいらっしゃいます。

味覚の変化も、地味ですがとてもつらい問題です。食事は栄養をとるだけでなく、毎日のなかのちょっとした楽しみでもあります。何を食べても金属のような味がする、大好きだったものが受け付けなくなる——こうした変化は、日々の暮らしの質をじわじわと下げていきます。

強いだるさで家事も仕事もできず、一日中横になっている日が続くと、「何もできない自分」への申し訳なさが芽生えてきます。とくに、治療前に活動的だった方ほど、そのギャップに苦しみやすい傾向があります。

抗がん剤やホルモン療法の影響で生理が止まったり、急に更年期のような症状が出たりすることも、心と体の両方に大きな負担です。ほてり、眠れなさ、気分の落ち込み。こうした症状が「治療の副作用として起きている」と知っているかどうかで、受け止め方はずいぶん違ってきます。

ここでぜひ覚えておいていただきたいのは、こうした変化の多くは治療に伴う一時的なものだということです。髪は多くの場合、治療が終われば戻ってきますし、味覚の変化も時間とともに回復していきます。「いつ頃よくなるのか」という見通しを知っておくことが、今のつらさを乗り越える力になります。

「助けて」と言っていい ── 心のケアの専門家という選択肢

がんの治療中に心のサポートを受けることは、「弱い」ということではありません。治療の一部です。骨を折ったら整形外科に行くのと同じように、心がつらいときに専門家の力を借りるのは、とても自然なことです。

「精神腫瘍科(サイコオンコロジー)」という診療分野をご存じでしょうか。がん患者さんの心の問題を専門的に扱う分野で、がんの治療経過や副作用を理解したうえで心のケアを行ってくれます。慶應義塾大学病院を含む大きながん診療連携拠点病院では、こうした専門のスタッフが増えてきました。臨床心理士や公認心理師によるカウンセリングを受けられる施設も、年々広がっています。

「できれば薬には頼りたくない」——そう思う方のお気持ちはよくわかります。ただ、不安がとても強かったり眠れない日が続いたりして日常生活に差し支えが出ている場合には、お薬を一時的に使うことで生活がぐっと楽になることがあります。「薬の依存が心配」という声もよくいただきますが、専門の先生のもとで適切に使えば安全性は高く、がんの治療そのものを続けやすくなるという面もあります。

「気持ちがつらいです」と主治医に切り出してみてください。そこから先、専門家につなぐのは私たち医療チームの仕事ですから、うまく説明しなきゃと気負う必要はありません。また、全国のがん診療連携拠点病院には「がん相談支援センター」が設置されていて、治療のことだけでなく受けられる社会制度の種類や、お金の悩みなどについても相談員が対応してくれます。

家族・パートナーへ ── そばにいる方ができること

もしこの記事を、患者さんのご家族やパートナーの方が読んでくださっているのなら、お伝えしたいことがあります。

そばにいる方にとっていちばん大切なのは、「何かできることある?」と聞いてあげることだと、私は思っています。何をしてあげたらいいかわからないとき、正しいアドバイスをしなければと力む必要はありません。的外れなアドバイスよりも、ただ黙って話を聞いてもらえるほうが、ずっと心の支えになることがあります。「それは大変だったね」「つらかったね」と受け止めてくれるだけで、患者さんの孤独感はふっとやわらぎます。

それから忘れないでほしいのは、ご家族自身の不安やストレスも、大切にしてよい感情だということです。大切な人ががんと向き合っている姿を見て、自分もつらいと感じるのは当たり前のことです。でも「本人のほうがもっと大変なのだから、自分は我慢しなきゃ」と気持ちを押し込め続けると、いつか燃え尽きてしまいます。前述の「がん相談支援センター」はご家族に対する支援も行っていますので、遠慮せず第三者の力を借りてくださいね。

心のケアは治療の一部です

治療のあいだに心が揺れること——それは弱さでも、おかしなことでもありません。がんの治療を受けるほとんどの方が、なにかしらの形で経験する自然なことです。診断直後の混乱、抗がん剤サイクルごとの波、手術前後の不安、ふとした瞬間の孤独感、体の変化に揺さぶられる気持ち。どれも、治療の中で起こりうることであり、適切なサポートがあればやわらげることができます。

つらいなと感じたときは、主治医や医療チームにそのまま伝えてください。精神腫瘍科の紹介、カウンセリングの利用、必要に応じたお薬の使用。頼れる手段はいくつもあります。体の治療と同じくらい、心のケアは回復を支える大切な柱です。

※ 本記事は情報提供を目的としており、医療行為の代替となるものではありません。症状がある場合は必ず医療機関を受診してください。
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