乳がんとはどのような病気ですか?〜病気の全体像を把握しよう
「乳がん」と聞いたとき、あなたは何を思い浮かべますか
「こんなに元気なのに私は乳がんなのですか?」
という言葉を、外来で何度聞いたかわかりません。検診で要精密検査の通知を受け取った方、入浴中にふと触れたしこりが気になって来院された方、あるいはご家族が乳がんと診断されて自分のリスクを心配されている方。それぞれの背景は異なりますが、共通しているのは「乳がんとはいったいどのような病気なのかをきちんと知りたい」という切実な思いです。
日本において乳がんは、女性が罹患病気にかかること、または病気になることを意味します。医学統計では「その病気の患者数」を表現するときによく使われます。するがんの中で最も多い疾患です。国立がん研究センターの統計によると、年間約9万7千人以上の女性が新たに乳がんと診断されており、生涯で乳がんにかかる確率はおよそ9人に1人とされています。私が乳腺診療を本格的にはじめた2000年代では、18人に1人とされていたのを思い出します。この数字は、1980年代には約50人に1人だったことを考えると、ここ数十年で大幅に増加していることがわかりますね。しかし一方で、乳がんの生存率は他の多くのがんと比較して高く、早期に発見して適切な治療を受ければ、治癒が十分に期待できる病気でもあります。
この記事では、乳がんという病気の全体像を把握するために、多くの話題を幅広く取り上げています。まず全体像を把握してから、細部を突き詰めていくことが、物事を理解するためには重要な手段です。そのため、乳がんという病気を多角的に理解していただくために、その定義から乳房の正常な構造、がんが発生する仕組み、リスク要因、症状、診断方法、予後、そして他のがんとの違いまで、できるだけ丁寧にお話ししていきたいと思います。長い記事になりますが、ご自身やご家族の健康を考えるうえで、きっとお役に立てる内容だと思います。
※ 乳がんの「サブタイプ」によって治療方針が大きく異なります。詳しくは「第一回 乳がんサブタイプ、まずはじめに知っておきたいこと」をご覧ください。
乳がんとは何か ― その定義と基本的な特徴
乳がんとは、乳房の中にある乳腺組織乳房の中で母乳を作り出す器官で、乳管と小葉から構成されています。女性ホルモンの影響を受けやすく、ほとんどの乳がんはこの組織から発生します。から発生する悪性腫瘍正常な制御を失って、無秩序に増え続ける細胞の塊のことです。良性腫瘍は増殖が遅く周囲の組織を圧迫するだけですが、悪性腫瘍は周囲に広がったり、他の臓器に転移したりする特徴があります。のことです。「悪性腫瘍」という言葉は少し怖く感じるかもしれませんが、これは「正常な制御を離れて無秩序に増え続ける細胞の塊」という意味です。私たちの体では毎日膨大な数の細胞が分裂し、古い細胞と新しい細胞が入れ替わっています。通常、この細胞分裂体の細胞が増えるときに、一つの細胞が二つに分かれるプロセスです。通常は細胞を作る役割がありますが、異常が起こるとがんが発生することがあります。には厳密なブレーキ機構が備わっていて、必要以上に増えないように調節されています。ところが、何らかの原因でこのブレーキが壊れてしまい、細胞が際限なく増殖し始めると、それが「がん」と呼ばれる状態になるのです。

乳がんの大きな特徴のひとつは、ホルモンとの関わりが深いという点です。乳腺組織は、女性ホルモンであるエストロゲン女性の体で主に卵巣から分泌される女性ホルモンです。乳腺の発達や月経周期に関係していますが、乳がんの成長を促進する働きもあります。やプロゲステロン女性ホルモンの一種で、卵巣から分泌されます。月経周期や妊娠に関係しており、乳腺の発達にも影響を与えます。の影響を強く受けて発達します。思春期に乳房が発達し、月経周期に伴って乳房が張ったり柔らかくなったりするのは、まさにこれらのホルモンの作用によるものですね。乳がんの多くはこのホルモンの影響を受けて増殖するタイプであり、このことが治療戦略にも大きく関係してきます。
もうひとつの重要な特徴は、乳がんは単一の病気ではなく、生物学的に多様な性質を持つ疾患群であるということです。同じ「乳がん」と診断されても、おとなしく進行が遅いタイプもあれば、比較的早く進行するタイプもあります。近年の研究では、乳がんは遺伝子レベルで大きく4つのサブタイプに分類されるようになりました。「ルミナルA型乳がんの遺伝子的な分類の一つで、ホルモン受容体が陽性で、HER2というタンパク質が陰性のタイプです。比較的進行が遅いタイプが多いとされています。」「ルミナルB型乳がんの遺伝子的な分類の一つで、ホルモン受容体が陽性で、HER2が陽性か、または増殖の勢いを示すマーカーが高いタイプです。ルミナルA型より進行が速い傾向があります。」「HER2陽性型乳がんの遺伝子的な分類の一つで、HER2というタンパク質が多く発現しているタイプです。比較的進行が速いですが、HER2を標的とした薬が効果的です。」「トリプルネガティブ型乳がんの遺伝子的な分類の一つで、ホルモン受容体やHER2のマーカーがすべて陰性のタイプです。一般的に進行が速く、治療の選択肢が限られることがあります。」と呼ばれるこれらの分類は、治療方針の決定や予後の予測に欠かせないものとなっています。少し難しく聞こえるかもしれませんが、要するに「乳がんにはいろいろなタイプがあり、それぞれに合った治療法がある」ということを覚えておいていただければ十分です。
社会の中の乳がん ― 認知度の高さとその背景
乳がんは、すべてのがんの中でもとりわけ社会的な認知度が高い病気です。10月の「ピンクリボン月間」には、東京タワーや各地のランドマークがピンク色にライトアップされるのをご覧になったことがあるかもしれません。著名人が乳がんの闘病経験を公表されることも少なくなく、メディアでの露出が多い疾患でもあります。
この認知度の高さには、いくつかの背景があります。ひとつは、患者さんの数が多いことです。先ほど触れたように年間9万人を超える新規患者さんがいるということは、職場や地域、学校のコミュニティなど身近なところに乳がんの経験者がいる可能性が高いということを意味します。もうひとつは、乳がんは比較的若い年代で発症することがあるという点です。40代後半から50代にかけて罹患のピークがあり、仕事や子育てに最も忙しい世代が直面する病気であるため、社会的なインパクトが大きいのです。
また、乳がんは検診によって早期発見が可能であり、「自分で見つけることができるがん」としても知られています。乳房のセルフチェック自分自身で体を調べること、特に乳がんの場合は自分の手で乳房を触診して異常なしこりや変化がないかを確認することです。(自己検診)という概念が広く普及しているのも、乳がんならではの特徴といえるでしょう。ただし、ここで注意していただきたいのは、セルフチェックだけで安心してはいけないということです。触診医師が患者の体に手を当てて触れ、しこりや腫れなどの異常がないかを調べる診察方法です。では見つけられないほど小さな段階のがんも多く、定期的な画像検査エックス線やMRI、超音波などの機器を使って、体の内部を画像で確認する検査です。触診では見つけられない小さながんも発見できます。と組み合わせることが重要です。この点については、後ほど診断方法のところで詳しくお話しします。
一方で、認知度が高いがゆえに、正確ではない情報やインターネット上の根拠のない噂に振り回されてしまう方もいらっしゃいます。「牛乳と飲むと乳がんになる」「ワイヤー入りのブラジャーが原因」といった説を耳にされたことがあるかもしれませんが、これらはいずれも科学的な根拠に乏しいものです。正しい知識を持つことが、不要な不安を減らし、本当に大切な予防行動につなげるための第一歩になります。

乳房の正常な構造と機能 ― がんを理解するための土台
乳がんがどこから生まれるのかを理解するために、まず乳房の正常な構造について知っておきましょう。
乳房は皮膚の下にある臓器で、主に「乳腺組織」「脂肪組織体についている脂肪が集まった組織です。乳房のふくらみの大部分は脂肪組織であり、その中に乳腺組織が広がっています。」「結合組織(間質)乳房の内部で乳腺組織と脂肪組織を支える組織で、繊維成分からなっています。乳房の構造を保つ役割があります。」の三つの要素で構成されています。乳房のふくらみの多くは脂肪組織によるもので、その中に乳腺組織が網目のように広がっています。乳腺組織は、母乳(乳汁授乳時に乳房から分泌される液体で、一般的には母乳と呼ばれています。乳腺の小葉で産生されます。)を作り出すための器官であり、乳房の本来の機能は授乳にあります。
乳腺組織をもう少し詳しく見てみると、「小葉乳房の内部にあるブドウの房のような形をした小さな腺組織で、実際に乳汁(母乳)を作り出す場所です。」と「乳管乳房の内部を走行する細い管で、小葉で作られた乳汁を乳頭(乳首)まで運びます。木の枝のように分岐しながら乳房内に広がっています。」という二つの構造が重要です。小葉はブドウの房のような形をした小さな腺組織の集まりで、ここで乳汁が産生されます。産生された乳汁は乳管と呼ばれる細い管を通って乳頭(乳首)まで運ばれます。乳管は木の枝のように分岐しながら乳房内を走行し、最終的に15~20本程度の主乳管として乳頭に開口しています。
乳がんの大部分は、この乳管の内側を覆っている上皮細胞体の表面や各種の管・臓器の内側を覆う細胞のことです。乳管の内側を覆う上皮細胞からがん化することが乳がん発症の主な原因です。から発生します。乳管から発生するがんを「乳管がん乳房の乳管から発生するがんで、全乳がんの約90%近くを占めます。最も一般的なタイプの乳がんです。」と呼び、全乳がんの約90%近くを占めます。一方、小葉から発生するものは「小葉がん乳房の小葉から発生するがんで、全乳がんの約10%前後を占めます。乳管がんより発生頻度は低いですが、診断や治療方針が異なることもあります。」と呼ばれ、約10%前後を占めます。残りは粘液眼などの希少癌と呼ばれる、より稀な組織型のがんが存在しています。
乳房にはまた、リンパ管と血管が豊富に走っています。特に脇の下(腋窩わきの下、腕の付け根のくぼんだ部分を指します。ここには多くのリンパ節があり、乳がんの診察時に医師がこの部位を触れるのはリンパ節の腫れを確認するためです。)のリンパ節リンパ液を濾過し、感染やがんに対する免疫機能を担う小さな器官です。脇の下のリンパ節は乳房からのリンパ液が最初に流れ着き、乳がんが最初に転移しやすい場所です。は、乳房からのリンパ液が最初に流れ着く場所であり、乳がんが最初に転移がん細胞が元々発生した臓器から血液やリンパ液に乗って、他の臓器に移動して増殖することです。乳がんはリンパ節や肺、骨、肝臓などに転移しやすいです。しやすい場所でもあります。診察のときに脇の下を触らせていただくのは、このリンパ節に腫れがないかを確認するためなのです。
乳腺組織は女性ホルモンの影響で常に変化しています。月経前には乳腺が増生細胞や組織が増えることを意味します。乳房の場合、月経前に女性ホルモンの影響で乳腺が増生し、乳房が張る感覚につながります。してむくみ、乳房が張る感じがすることは生理的な現象です。妊娠・授乳期には乳腺が大きく発達し、閉経後には乳腺組織が徐々に萎縮組織や臓器が縮小してしぼんでいくことです。乳房の場合、閉経後に女性ホルモンが減少するにつれて乳腺組織が萎縮します。して脂肪組織に置き換わっていきます。このように、乳房は静的な組織ではなく、一生を通じてダイナミックに変化し続ける臓器であることを知っておいてください。
乳がんがどのような病気かをご理解いただいたところで、次は、なぜ乳腺の細胞ががん化してしまうのか、その仕組みを詳しく見ていきましょう。正常な細胞の変化のプロセスや、あなたのリスクを高める要因について、わかりやすくご説明します。
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