イブランス(パルボシクリブ)がHR陽性・HER2陽性の転移乳がんに対する維持療法として米国で承認

この記事の要点

  • イブランスのHER2陽性への適応拡大とは:これまでHR陽性・HER2陰性乳がんに使われてきたCDK4/6阻害薬イブランス(パルボシクリブ)を、HR陽性かつHER2陽性の転移乳がんの「維持療法」にも使えるようにする承認で、2026年6月24日に米国FDAが認めました
  • CDK4/6阻害薬がHER2陽性の領域で承認された初めてのケースで、これまでのHR陽性・HER2陰性という枠を超えた使い方です
  • 根拠はPATINA試験(第III相)。イブランスの上乗せで、がんの進行または死亡のリスクが約24%低下したと報告されています
  • 日本ではまだ承認されておらず、2025年11月に申請され現在審査中です。今すぐ国内で受けられる治療ではありません

2026年6月24日、米国食品医薬品局(FDA)はCDK4/6阻害薬がん細胞が増殖する際に必要とするCDK4とCDK6というタンパク質の働きを止める薬です。がん細胞の増殖にブレーキをかけることで、がんの進行を遅らせます。イブランス(一般名:パルボシクリブ)を、HR陽性乳がん細胞がホルモン受容体(女性ホルモンを受け取る受け皿)を持っている状態です。このタイプのがんは女性ホルモンの影響を受けて増殖するため、ホルモン療法が有効です。かつHER2陽性乳がん細胞の表面にHER2というタンパク質が多く存在する状態です。このタイプのがんは増殖が速い傾向があり、HER2を標的とした抗がん薬が有効です。の局所進行または転移乳がん乳房以外の臓器(骨、肝臓、肺、脳など)にがんが広がった状態です。全身にがん細胞が散らばっているため、全身で使える薬による治療が中心となります。に対する「維持療法集中的な治療(化学療法など)で病状を安定させたあと、その状態を長く保つために行う治療です。強い治療より負担の少ない治療に切り替えることで、生活の質を保ちながら病気の進行を防ぎます。」として新たに承認しました。イブランスはこれまでHR陽性・HER2陰性のタイプに使われてきた薬であり、今回はその枠を超えてHER2陽性のタイプにも使い方が広がった点が注目されています。ただし、この新しい使い方は日本ではまだ承認されておらず、現在審査が進められている段階であることを、はじめにお伝えしておきます。

目次

何が新しくなったのか

イブランスというお薬は、これまでHR陽性・HER2陰性の進行乳がんに対して内分泌療法女性ホルモンの働きを止めるか、ホルモンの産生を抑える薬による治療です。HR陽性の乳がんに有効で、比較的副作用が少ないため長期間続けられます。と組み合わせて使われてきました。2015年に米国で最初に承認されて以来、日本でも2017年から同じ適応で使用されており、多くの患者さんにとって馴染みのある薬剤かもしれません。

今回の承認で加わった使い方は、これまでとはかなり性質が異なります。具体的には、HR陽性かつHER2陽性の局所進行または転移乳がんの患者さんが対象です。まず導入療法本格的な治療を開始する前の初期段階の治療です。強力な化学療法や抗がん薬でがんを縮小させ、その後の治療につなげるための準備段階として行われます。として化学療法強い毒性を持つ薬を使ってがん細胞を殺す治療です。全身に広がったがん細胞に効きますが、正常な細胞にもダメージを与えるため、さまざまな副作用が生じることがあります。抗HER2療法HER2というタンパク質を標的にした治療です。がん細胞の表面のHER2に結合して、がん細胞の増殖を止める特異的な薬が使われます。を受けたあと、病状が安定した段階で、抗HER2療法(トラスツズマブHER2陽性乳がんに対する代表的な抗がん薬です。HER2というタンパク質に特異的に結合し、がん細胞の増殖を止めます。点滴で投与される治療薬です。単独、もしくはトラスツズマブとペルツズマブトラスツズマブと同じくHER2陽性乳がんに有効な抗がん薬で、異なるメカニズムでがん細胞の増殖を抑えます。トラスツズマブと一緒に使うことで、より強い効果が期待できます。の併用)と内分泌療法にイブランスを上乗せする「維持療法」として使います。化学療法を長期間継続するのはとてもつらいので、QOLQuality of Lifeの略で、生活の質という意味です。医療の文脈では、治療による負担を減らしながら、患者さんが日常生活をなるべく普通に過ごせることの重要性を指します。の高い治療へ移行して維持していくという戦略ですね。

ファイザー社の発表によれば、イブランスは「HER2の発現状況にかかわらずHR陽性の転移乳がんに対して承認された初めてのCDK4/6阻害薬」とされています。CDK4/6阻害薬という種類の薬が、これまで中心だったHR陽性・HER2陰性の領域からHER2陽性の領域にも使われるようになったという点で、治療の選択肢を広げる動きとして注目されています。

根拠となったPATINA試験

今回の承認の科学的根拠となったのは、PATINA試験(AFT-38)と呼ばれる第III相の国際共同臨床試験です。HR陽性・HER2陽性の転移乳がん患者さんを対象に、導入化学療法と抗HER2療法のあとの維持療法として、抗HER2療法+内分泌療法にイブランスを上乗せする群と、上乗せしない群を比較しました。

主要評価項目は無増悪生存期間(PFS)治療を開始してから、がんが進行せずに過ごせた期間のことです。患者さんの治療効果を判定する重要な指標で、この期間が長いほど治療がよく効いているということになります。、つまり「がんが進行せずにいられる期間」です。ファイザー社が発表した確定値によれば、ハザード比2つの治療グループを比較するときに、一方のグループで特定の事柄(ここではがんの進行)が起こるリスクが、もう一方のグループの何倍かを示す数字です。1より小さいと、前者のリスクが低いことを意味します。は0.76(95%信頼区間統計的な調査結果の正確さを示す幅のことです。「95%信頼区間」は、同じ調査を100回繰り返したら95回はこの幅の中に真の値が入るという意味です。 0.59–0.97)でした。これは、イブランスを加えることで疾患の進行または死亡のリスクが約24%低下したことを意味します。

また、報道によれば、無増悪生存期間の中央値グループの患者さんの真ん中の値のことです。例えば、無増悪生存期間の中央値が44.3か月なら、半数の患者さんがその期間を超えてがん進行なしでいられたという目安になります。はイブランス上乗せ群で約44.3か月、上乗せしない群で約29.1か月と報じられています。中央値とは、半数の患者さんがその期間を超えて進行せずにいられたという目安の数字です。約15か月の差は、患者さんの日常生活の質を考えると非常に大きな意味を持ちます。ただし、この中央値のデータは二次情報に基づくものであるため、正式な学術論文での確認が待たれます。

副作用の面では、イブランスに特徴的な好中球減少感染症から体を守る白血球の一種である好中球の数が、正常より減ってしまう状態です。好中球が減ると感染症にかかりやすくなるため、定期的な血液検査で数を確認する必要があります。(感染を防ぐ白血球の一種である好中球が減ること)が知られています。維持療法として長期間服用する場合には、定期的な血液検査で好中球の数を確認しながら経過を見ていくことが欠かせません。

イブランス・ベージニオの副作用と日常生活イブランスの副作用や日常生活が気になる方へイブランス・ベージニオの副作用と日常生活

日本の患者さんにとっての意味

2026年7月現在、イブランスのこの新しい使い方は日本ではまだ承認されていません。したがって、今すぐ日本の病院で「HR陽性・HER2陽性の維持療法としてのイブランス」を受けることはできません。

ただし、承認に向けた動きは着実に進んでいます。2025年11月10日に、PATINA試験の結果を主要な根拠として厚生労働省に対する承認申請が行われており、現在その審査が進められている段階です。日本の承認審査には通常数か月から1年程度を要しますので、今後の審査結果を注視していく必要があります。

「米国で承認されたのだから日本でもすぐ使えるはず」と思われるかもしれませんが、各国の規制当局はそれぞれ独立して審査を行いますので、承認時期にはずれが生じます。とはいえ、国際共同試験であるPATINA試験には日本の施設も参加しており、日本人患者さんのデータも含まれていることから、審査における重要な判断材料はすでに揃っていると考えられます。

現時点でHR陽性・HER2陽性の転移乳がんと診断されている患者さんにとって、この情報は「近い将来に新たな選択肢が加わる可能性がある」というものです。治療の選択は個々の患者さんの病状、体力、ライフスタイルによって大きく異なりますので、主治医との対話を通じて判断されることをお勧めします。

まとめ

イブランス(パルボシクリブ)は2026年6月24日に米国FDAからHR陽性・HER2陽性の転移乳がんに対する維持療法として承認を受けましたが、日本では厚生労働省による審査が現在進行中であり、国内での使用はまだ認められていません。PATINA試験で示された疾患進行リスク約24%低下という結果は、二重陽性乳がんの維持療法に新たな選択肢を加える可能性のあるものとして注目されています。日本での承認審査の動向が、今後の治療選択に関わる情報として注目されます。

よくある質問(Q&A)

Q. イブランスは日本でHER2陽性乳がんに使えますか?

A. 2026年7月時点では、日本ではまだ承認されていません。2025年11月に厚生労働省へ承認申請が行われ、現在審査中です。今回の承認は米国FDAによるもので、国内で使えるようになるにはもう少し時間がかかります。

Q. どんなタイプの乳がんが対象ですか?

A. ホルモン受容体(HR)陽性かつHER2陽性の、局所進行または転移した乳がんが対象です。ホルモンで増える性質とHER2で増える性質を併せ持つ「二重陽性」と呼ばれるタイプです。

Q. イブランスはどの段階で使う薬ですか?

A. 化学療法と抗HER2療法による導入治療のあと、病状が安定した段階で、抗HER2療法と内分泌療法に上乗せする「維持療法」として使います。強い治療を続けるのではなく、負担の少ない治療で効果を保つための位置づけです。

Q. 主な副作用は何ですか?

A. イブランスでは好中球減少(感染を防ぐ白血球の一種が減ること)が知られています。長期間続ける場合は定期的な血液検査で数を確認しながら経過を見ます。具体的な副作用や対処は主治医にご相談ください。

目次