乳がん手術のあとのリハビリ ── 肩と腕の機能を取り戻すために
「手術が終われば元どおり」は誤解です
乳がんの手術が無事に終わると、気持ちがほっとして「もう大丈夫、あとは普通に暮らせる」と思う方がとても多いのですが、場合によってはすぐに通常の生活にもどれるとは限らず、手術のあとに肩や腕が思うように動かなくなることがあります。
乳がんの手術では、わきの下のリンパ節体中に張り巡らされたリンパ管の途中にある、小さな豆粒のような器官です。細菌やウイルスなどの異物を濾し取り、免疫反応の中心となる役割を果たします。乳がん手術ではこのリンパ節に転移がないか調べるため、わきの下のリンパ節が調べられたり取られたりします。を調べたり取ったりします。わきの下にはこのリンパ節がたくさん集まっていますので、この部分を脂肪と一緒に切除するのですが、手術でこの部分に触れると、まわりの筋肉や神経にも影響が出ます。すると肩の動きが硬くなったり、腕にだるさが出たりするのです。
センチネルリンパ節生検乳がんから最初に転移する可能性が高いリンパ節(見張りリンパ節)だけを調べる方法です。がんが転移していないか確認するため、色素を注入してそのリンパ節を特定し、取り出して検査します。全てのリンパ節を取る方法より体への負担が少なくて済みます。だけの場合でも、影響はゼロではありませんし、腋窩リンパ節郭清わきの下(腋窩)にあるリンパ節をまとめて取り除く手術のことです。センチネルリンパ節生検よりも広い範囲のリンパ節を調べることができますが、体への負担は大きくなる傾向があります。を受けた方では、肩の動きに制限が出ることが少なくないと報告されています。だからこそ、手術のあとにはリハビリがとても大切なのです。リハビリは特別なことではなく、自分の体を少しずつ目覚めさせる作業だと思ってください。
手術直後から退院まで(術後0〜7日)
手術のあと、体にはドレーン手術後、傷の中にたまった血液やリンパ液を体の外に排出するために挿入される細い管です。感染を防ぎ、回復を促進するために使われます。通常は数日から1週間程度で抜き取られます。(傷の中にたまった液を外に出すための管)がつながっています。この管がついている間は、「腕を動かしてはいけない」と思っている方が多いですね。外来でも最も多い質問が「いつから動かしていいですか?」というものです。
答えは「手術の翌日からです」。ただし、大きく動かすのではありません。手の指をしっかり握って開く運動から始めます。これを1回10セット、1日3回やってみてください。次に、手首をゆっくり回す運動も加えます。ひじから先だけを使う軽い動きなら、ドレーンがついていても安全にできます。

こうした小さな運動には大きな意味があります。血液の流れがよくなり、むくみ体の組織に水分が異常にたまった状態です。手術後は血液の流れやリンパ液の流れが悪くなることで、腕や手がむくむことがあります。軽い運動で血液を流すことがむくみ軽減につながります。の軽減につながるのです。水道のホースを想像してみてください。水を止めたままにしておくと、ホースの中に水がたまってしまいますよね。指や手首を動かすことは、ポンプのように血液やリンパ液を流す役割を果たします。
退院後から1ヶ月:少しずつ動かす範囲を広げる
退院したら、肩の動きを少しずつ広げていきましょう。ここで紹介する運動は2つですが、術後のきずが完全に治っていなかったり、リンパ液が貯まったりしている場合は、主治医の先生に運動を行って良いか必ず確認してください。
1つ目は「壁伝い運動壁に手をついて、指を使ってゆっくり上へ這わせていく運動です。肩を無理なく少しずつ動かす範囲を広げられるため、術後の早期リハビリに向いています。」です。 壁に向かって立ち、手術した側の手を壁につけます。そこから指を使って少しずつ上へ這わせていきます。痛みが出る手前のところで止めて、5秒間キープします。これを1日に5〜10回やってみてください。毎日少しずつ、指が届く高さが上がっていくのを実感できるはずです。
2つ目は「振り子運動体を前に傾けて、手術した側の腕をだらんと下げ、体を揺らして腕をブランコのように揺らす運動です。筋肉にほとんど力を入れずにできるため、痛みが少なく、術後の早期リハビリに向いています。」です。 テーブルに手術していない側の手をつき、体を前に傾けます。手術した側の腕をだらんと下げて、体をゆっくり揺らします。すると腕がブランコのように自然に揺れます。この運動は筋肉にほとんど力を入れずにすむので、痛みが少ないのが特徴です。
痛みとの付き合い方も大事ですね。 目安として、「運動中に少しつっぱる程度」はOKです。でも「ズキッと鋭い痛みが走る」ときは、やりすぎのサインです。運動のあとに痛みが2時間以上続く場合も、強度を下げてください。

術後1〜3ヶ月:生活の動作がリハビリになる
この時期になると、特別な運動だけでなく、毎日の生活そのものがリハビリになります。目標にしやすい動作をいくつか挙げてみますね。
- 術後3〜4週間: 自分でドライヤーを持って髪を乾かせる
- 術後6週間ごろ: 洗濯物をハンガーにかけて物干し竿に干す動作
- 術後2〜3ヶ月: 棚の上の物に手を伸ばしたり、エプロンのひもを背中で結んだり
もちろんこれは一般的な目安です。焦る必要はありません。「先週より少しだけ楽になった」と感じられれば、リハビリは順調に進んでいます。
術式による違いと、回復に個人差がある理由
手術の方法によって、リハビリで気をつけるポイントが変わります。
乳房温存手術乳がんの患部とその周囲の組織のみを取り除き、乳房のほとんどを残す手術方法です。乳房全摘手術に比べて傷が小さく、体への負担が少なくて済みますが、放射線治療を併用することが多いです。
傷が小さく、早期に動かしやすいのが特徴です。ただし、放射線治療高エネルギーの放射線を使って、がん細胞を死滅させる治療法です。乳房温存手術の後に行われることが多く、再発を防ぐ目的があります。照射された皮膚は硬くなることがあり、リハビリに影響します。を併用する場合は皮膚が硬くなることがあります。
乳房全摘手術乳がんのある乳房全体を取り除く手術です。がんが広がっている場合や複数の場所にがんがある場合に行われることがあります。傷の範囲が広く、胸の筋肉への影響も大きくなる傾向があります。
胸の筋肉への影響がやや大きくなります。傷の範囲が広いため、つっぱり感皮膚や筋肉が引きつけられるような、張って硬い感じのことです。手術後は傷の治癒過程や放射線治療の影響で、胸や肩周りに起こることがあります。が強く出やすい点に注意してください。
インプラント再建乳房全摘後に、人工物(シリコン製の袋に生理食塩水などを詰めたもの)を胸に挿入して、乳房の形を復元する方法です。自分の組織を使わないため、比較的短時間で手術が済みます。
組織を伸ばす期間があります。エキスパンダー自家組織再建の前段階で、胸の皮膚を少しずつ伸ばすために使う風船状の器具です。数ヶ月かけて少しずつ膨らませて皮膚を広げた後、本格的な再建手術を行います。挿入中は腕を頭上に上げにくくなります。
自家組織再建乳房全摘後に、患者さん自身のお腹や背中などから組織を採取して、乳房の形を復元する方法です。人工物を使わないため自然な仕上がりが期待でき、乳房の寿命も長いとされています。
おなかや背中など、組織を取った部位にも動きの制限が出ることがありますので、2か所同時にリハビリが必要になります。

インプラント再建の場合、胸の皮膚の下にエキスパンダー(組織を伸ばすための風船状の器具)を入れます。この器具を少しずつふくらませて皮膚を伸ばす期間は、肩を大きく動かしにくくなりますが、運動によってはエキスパンダーが身体の中で移動してしまう場合があります。そのため、形成外科医師乳房再建などの整形や形態の修復を専門とする医師です。インプラント再建や自家組織再建など、乳房の復元手術に携わります。や主治医と相談しながら進めることが大切です。
回復のスピードには個人差があります。 放射線治療を併用している場合、照射を受けた皮膚が硬くなり、胸や肩まわりがつっぱって動きが制限されやすくなります。また、腋窩リンパ節郭清でリンパ節を多く取った方ほど、回復に時間がかかる傾向があります。年齢や手術前の体力も影響します。50代の方と70代の方では、同じ手術でも回復のペースが違うのは自然なことです。
大切なのは、他の人と比べないことです。1週間前の自分と今の自分を比べてみてください。ほんの少しでも良くなっていれば、体はちゃんと回復しています。
リンパ浮腫に気をつけながらリハビリを
リンパ節を取る手術のあとは、リンパ浮腫リンパ液が体の組織にたまり、腕や手が腫れてしまう状態です。リンパ節の手術後に起こることがあり、放っておくと症状が進む可能性があるため、早期の発見と対応が重要です。(腕のむくみ)が起きることがあります。腋窩リンパ節郭清を受けた方のリハビリではこのリンパ浮腫を悪化させない工夫が必要です。
リンパ浮腫と日常管理についてさらに詳しく知りたい方は、当サイトの「腋窩リンパ節郭清後のリンパ浮腫——知っておきたい予防と日常管理のすべて」もあわせてお読みください。
こんなときは専門家に相談してください
自分でリハビリを続ける中で、次のようなサインが出たら、主治医や理学療法士運動や物理療法を使って、身体機能の回復を支援する専門職です。手術後のリハビリで、患者さんに合わせた適切な運動を指導したり、進捗を管理したりします。に相談してください。
- 痛みが日に日に強くなる — 通常、手術の痛みは少しずつ和らいでいきます。それなのに痛みが増しているなら、傷の中で何か起きている可能性があります
- 腕のむくみが1週間以上引かない — リンパ浮腫の初期かもしれません。早く対応するほど、コントロールしやすくなります
- 上腕内側のしびれ手や腕に起こる、ピリピリとした感覚や感覚が鈍い状態のことです。手術で神経に影響が出た場合に生じることがあり、通常は時間とともに改善します。がずっと続く — 手術で神経に影響が出ていることがありますが、心配はいりません。主治医に相談してしびれ止めの薬などを一時的に処方してもらいましょう

これらの症状は決してめずらしいものではありません。早めに専門家に診てもらうことで、対処の選択肢が広がります。
まとめ
乳がん術後のリハビリは、手術翌日の指の運動から始まり、3ヶ月ほどかけて日常の動作に戻っていく段階的なプロセスです。術式や追加治療の内容によって注意点は異なりますが、共通して大切なのは「早めに始めること」と「無理をしすぎないこと」のバランスです。
痛みが強くなる、むくみが引かない、しびれが続くといったサインが出たら、遠慮なく主治医に相談してください。正しい知識をもとに、自分の体の変化を観察しながら、一歩ずつ進んでいきましょう。