カミゼストラント(経口SERD)が承認されました──進行・再発乳がんの治療に新たな選択肢
📌 この記事の要点
- カミゼストラントとは:エストロゲン受容体がん細胞の表面にある、ホルモン(エストロゲン)を受け取るためのタンパク質です。ホルモン療法はこの受容体に作用することでがん細胞の増殖を抑えます。を分解する経口SERD選択的エストロゲン受容体分解薬の略称です。エストロゲン受容体そのものを壊してしまう薬で、ホルモン療法が効きにくくなったがんに対しても効果を発揮しやすいという特徴があります。(飲み薬)。ホルモン療法が効きにくくなる原因のひとつ「ESR1遺伝子変異長いホルモン療法により、がん細胞がホルモン薬から逃れるために起こす遺伝子の変化です。この変異が起きると、ホルモン療法でエストロゲンの供給を断っていてもがん細胞が自力で増殖のスイッチを入れてしまいます。」が起きたがんに作用します
- 新しい戦略:血液検査(ctDNA血液中を循環しているがん細胞由来のDNA断片です。採血だけでがんの遺伝子変化をモニタリングできるため、画像検査よりも早い段階で治療が効かなくなる兆しを捉えることができます。)でESR1変異の出現を捉え、画像上の進行を待たずに薬を切り替える
- 試験結果(SERENA-6):早期に切り替えた群で、がんが進行せず過ごせる期間の中央値が16.0か月(従来9.2か月)に延長。進行・死亡のリスクを約56%低下
- 対象:ホルモン受容体陽性がん細胞の表面にホルモン(エストロゲン)を受け取る受容体が存在することを示します。このタイプのがんはホルモン療法が効果的です。・HER2陰性がん細胞の表面にHER2というタンパク質がほとんど存在しないことを示します。HER2陰性のがんは分子標的薬よりもホルモン療法が主な治療となります。の手術不能/再発乳がんで、ESR1変異が確認された方(CDK4/6阻害薬がん細胞の増殖にブレーキをかける薬です。ホルモン療法と組み合わせることで、ホルモン療法だけよりも効果を高めることができます。と併用)。※早期の術後治療ではありません
この記事は進行・再発乳がんの方に向けた情報です
最初にお伝えしたいことがあります。「新しいホルモン療法の薬が出たらしい」という情報を耳にして、術後補助療法中の方や早期乳がんで治療を終えた方が「自分にも関係があるのでは」と気になるかもしれません。しかし、今回承認されたカミゼストラントという薬は、ホルモン受容体陽性・HER2陰性の「手術不能または再発(進行・転移)」乳がんが対象です。早期乳がんの術後治療として使うものではありませんので、その点はしっかりとご理解ください。
また「承認された=すぐに病院で処方してもらえる」という誤解も多いのですが、現在は製造販売承認を取得した段階で、実際の処方が始まるまでには薬価収載新しい医薬品が保険診療の対象となり、健康保険で支払われる薬の価格が決まり、実際に病院で処方できるようになることです。製造販売承認後、この手続きを経て初めて患者さんが処方を受けられるようになります。や流通整備など、もう少し時間がかかる見込みです。
「効かなくなってから」ではなく「兆しで切り替える」という発想
ホルモン受容体陽性・HER2陰性の乳がんでは、アロマターゼ阻害薬(AI)体内でエストロゲンが作られるのを抑える薬です。ホルモン受容体陽性の乳がんの内分泌療法で広く使われており、長期間効果を発揮することが多いです。をはじめとするホルモン療法が長期にわたって効果を発揮してくれることが多いです。実際、CDK4/6阻害薬との併用が標準治療として定着してからは、進行・再発であっても何年もがんの進行を抑えられるケースが増えました。
ところが、長く治療を続けるうちに、がん細胞の側も生き延びるための「工夫」をしてきます。その代表的なものの一つが、ESR1遺伝子変異と呼ばれる変化です。ESR1はエストロゲン受容体の設計図にあたる遺伝子で、ここに変異が起きると、ホルモン療法でエストロゲンの供給を断っていても、がん細胞が自力で増殖のスイッチを入れてしまいます。つまり、アロマターゼ阻害薬が「効きにくくなる」わけです。
従来の治療の流れでは、CTなどの画像検査でがんの増大が確認されてから、次の治療に切り替えていました。けれども、画像でわかるほど進行してからでは、がん細胞の耐性がかなり進んでいる可能性があります。「もう少し早く手を打てたなら」と感じる場面は、私たち臨床医にとっても少なくありませんでした。

今回のカミゼストラントの承認が注目されている理由は、まさにここにあります。画像上の進行が見える前に、血液検査でESR1変異の出現を捉え、その時点で治療薬をカミゼストラントに切り替えるという新しい戦略が可能になったのです。
カミゼストラントとはどのような薬か
カミゼストラントは「経口SERD」と呼ばれる種類の薬です。SERDは「選択的エストロゲン受容体分解薬」の略で、その名の通り、エストロゲン受容体そのものを分解して壊してしまう作用があります。
従来のホルモン療法薬の多くは、エストロゲンが受容体にくっつくのを「ブロック(拮抗)」するか、体内でエストロゲンが作られるのを「抑える」かのどちらかでした。SERDはそれとは違い、エストロゲン受容体自体を壊すので、ESR1変異によって受容体の形が変わっていても効果を発揮しやすいと考えられています。

これまでにもフルベストラントこれまでに使われていたSERD(エストロゲン受容体分解薬)で、注射薬です。カミゼストラントは同じSERDですが飲み薬であり、通院の負担が少ないという利点があります。(注射薬)というSERDがありましたが、カミゼストラントは飲み薬であるという点が大きな違いです。75mgを1日1回、口から飲むだけなので、通院して注射を受ける負担がありません。進行・再発乳がんの治療は長期にわたることが多いため、この「続けやすさ」は日常生活にとって大きな意味があります。フルベストラントの注射部位の痛みに悩まされていた患者さんには朗報ですね。

SERENA-6試験が示したエビデンス
カミゼストラントの承認の根拠となったのは、SERENA-6と呼ばれる国際共同第III相臨床試験です。この試験の設計自体が、従来とは大きく異なるものでした。
対象となったのは、アロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬の併用による一次治療を受けている進行・再発乳がんの患者さんです。治療中に定期的に血液を採取し、ctDNA(血液中を循環している腫瘍由来のDNA断片)を調べる「リキッドバイオプシー血液採取により腫瘍由来のDNA断片(ctDNA)を調べる検査です。従来の組織採取と異なり、採血だけでがんの遺伝子情報を調べることができる簡便な検査方法です。」を実施しました。そしてESR1変異が検出されたものの、画像検査ではまだ進行が確認されていない段階の患者さんを対象に、アロマターゼ阻害薬をカミゼストラントに切り替えるグループと、そのまま従来の治療を続けるグループに分けて比較したのです。
結果として、ESR1変異が見つかった段階でカミゼストラントに早期に切り替えたグループは、従来どおりの治療を続けたグループに比べて、無増悪生存期間(PFS)患者さんが治療を受けた後、がんが進行せずに過ごせる期間のことです。この期間が長いほど、治療の効果が良いと考えられます。――がんが進行せずに過ごせる期間――の中央値が16.0か月と、従来群の9.2か月から大きく延長しました。これは、がんが進行するリスクをおよそ56%下げたことに相当します(ハザード比2つのグループでリスク(この場合はがんが進行するリスク)を比較した数値です。0.44という値は、従来の治療と比べてリスクが56%低下したことを意味します。0.44)。

血液検査(ctDNA)は2〜3か月ごと、通常の画像検査のタイミングに合わせて行われました。また、併用されたCDK4/6阻害薬は、パルボシクリブ・リボシクリブ・アベマシクリブのいずれかで、ご自身の治療との関連は担当医にお尋ねください。なお、これは最初の中間解析の時点での結果であり、全生存期間診断や治療開始から死亡までの期間のことです。患者さんがより長く生きられるかどうかを評価する、最も重要な治療効果の指標とされています。(より長く生きられるかどうか)といった長期的な効果については、今後のデータの蓄積で明らかになっていきます。
承認された使い方と対象となる方
カミゼストラントが承認された適応は、内分泌療法ホルモン療法と同じ意味です。ホルモン受容体陽性のがんに対し、ホルモンの作用をブロックしたり抑えたりして、がんの増殖を抑える治療方法です。(ホルモン療法)中にESR1変異が確認され、かつ画像上の疾患進行がまだ認められていない、ホルモン受容体陽性・HER2陰性の手術不能または再発乳がんです。CDK4/6阻害薬との併用で使用し、用量は75mgを1日1回内服します。
ここで大切なのは、対象となる条件がかなり限定されているという点です。進行・再発乳がんの方すべてに使えるわけではなく、血液検査でESR1変異が確認されていることが前提になります。画像でがんの進行がすでに確認されている場合も、この薬の承認された使い方とは異なります。
血液検査で治療を最適化する時代へ
今回の承認が持つもう一つの重要な意味は、「リキッドバイオプシーの結果に基づいて治療方針を変更する」という個別化医療の考え方が、実際の臨床で具体的な形になったということです。
これまでもctDNA検査は研究レベルや一部の臨床場面で活用されてきましたが、承認薬の適応判断に直結する形で組み込まれたのは、乳がん領域では大きな一歩といえます。血液を採るだけで、がんの遺伝子変化をモニタリングしながら、最適なタイミングで治療を調整していくという流れは、今後ますます広がっていくでしょう。
ただし、ctDNA検査の実施体制は施設によって異なり、保険適用の範囲や検査の手配方法も現時点では整備途上です。カミゼストラント自体の薬価収載や実際の処方開始時期とあわせて、今後段階的に環境が整っていくことが見込まれています。
知っておいていただきたいこと
どのような薬にも副作用があり、カミゼストラントも例外ではありません。SERENA-6試験カミゼストラントの承認の根拠となった国際共同臨床試験です。血液検査でがん細胞の変化を早期に捉え、画像上の進行を待たずに治療を切り替える新しい治療戦略の有効性を示しました。で比較的多くみられたのは、光視症(こうししょう)視野の端に一瞬チカチカと光が見える症状です。カミゼストラントの副作用として約20%に報告されていますが、多くの場合は日常生活に支障がなく、治療をやめれば元に戻る可逆的な症状です。と呼ばれる、視野の端に一瞬チカチカと光が見える症状で、カミゼストラント群の約20%に報告されました。多くは日常生活に支障がなく、可逆的(治療をやめれば元に戻る)とされています。
また、脈がゆっくりになる徐脈脈がゆっくりになる症状のことです。通常は1分間に60~100回程度が正常ですが、これより少なくなった状態を言います。カミゼストラントでは約8%に報告されています。が約8%にみられました。そのほか、白血球(好中球)の減少などがありますが、これらは併用するCDK4/6阻害薬で以前から知られている副作用の範囲内でした。具体的な副作用の種類や頻度、ご自身で気をつける点については、処方の際に主治医から詳しい説明がありますので、気になることは遠慮なく質問してください。
また、今回の承認はSERENA-6という一つの臨床試験の結果が主な根拠です。長期的な有効性や安全性については、実臨床でのデータがさらに蓄積されていく中で明らかになっていく部分もあります。
今後の展望
カミゼストラントの承認は、進行・再発乳がんの治療において「薬剤耐性の兆しを血液検査で早期に捉え、画像上の進行を待たずに治療を切り替える」というアプローチが実用段階に入ったことを意味します。経口SERDという薬剤カテゴリーの臨床応用、リキッドバイオプシーによる治療モニタリングの実装、そしてESR1変異という耐性メカニズムへの対処という三つの進歩が一つの治療戦略に結実した点は、臨床的に意義が大きいといえます。

今後、実臨床での使用経験の蓄積と、ctDNA検査体制の全国的な整備が進むことで、この治療戦略の恩恵を受けられる患者さんが着実に広がっていくことが期待されます。
※ 本記事は上記の公的機関・学会等の情報をもとに、慶應義塾大学医学部 乳腺外科 林田哲 教授が監修しています。最終確認:2026-06-22